2026/01/13
いまなぜ「メディアと憲法」なのか
言葉を持ち、家族同士、群れを作り、村が生まれ、やがてそこに、互いに役割を分担することができるようになり、国が生まれ、国同士の争いや連帯が生まれ、約束事ができてきた。それから数百万年…。発達した人類が「このままでは共倒れになり、人類をも、地球をも滅ぼしかけない」と考え、民族同士争い、殺し合う状況を何とか克服しようと、「戦争のルール」を作ったのが、20世紀を迎える頃、1899年と1907年のハーグ平和会議だった。宣戦布告のルールや、非戦闘員の保護、残虐兵器の禁止…。(注①)やがてこの考え方は、大戦を経た1928年8月27日、ドイツ、日本も含む15ヵ国が参加して「パリ不戦条約」となり、63ヵ国が参加した国際条約になった。(注②)
第1条で「締約国は、国際紛争解決のために戦争に訴えることを非難し、かつ、その相互の関係において国家政策の手段として戦争を放棄することを、その各々の人民の名において厳粛に宣言する」とし、第2条で「締約国は、相互間に発生する紛争又は衝突の処理又は解決を、その性質または原因の如何を問わず、平和的手段以外で求めないことを約束する」としたこの条約は、日本でこそ「人民の名において」が、天皇主権に抵触する、との異論が出て1年批准が遅れたが、世界の国々で、「国民主権」=「民主主義」が国を動かしていく原則であることが自覚された。
しかし、そうした原則を無視したのが、ドイツであり、日本だった。国民をごまかし、ウソの宣伝で煽り立てて世界大戦を引き起こし、結局、「制裁」する側だったはずの米国も原子爆弾という、残虐で非人道的で、地球さえ滅ぼしかねない兵器を使って、世界大戦を終結させた。(注③)
こんどこそ、戦争を起こさせてはいけない…。連合国は、ドイツを降伏させた後、1945年6月、「主権平等」「国際紛争の平和的解決」「武力による威嚇、行使の禁止」をうたって「国連憲章」(注④)を作り、11月には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」の言葉で知られる「ユネスコ憲章」を作った。「ここに終りを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人間と人種の不平等という教義を広めることによって可能にされた戦争であった」と「戦争の原因」を考えさせている。(注⑤)
不戦条約当時、日本外交の前面に立っていた幣原喜重郎首相が、マッカーサーに会い、「軍人であるあなたにお話しすることは躊躇せざるを得ません」と、憲法への「戦争放棄」を提案したのは、明けて1946年1月24日のことだった。「2人は狂人と言われるでしょう。しかし、100年後には予言者と言われるに違いありません」―幣原74歳、マッカーサー66歳の誕生日直前。側近、平野三郎氏の報告や、マッカーサーの議会証言、回想録による2人の会話は、「誇張」があったとしても、否定できない。(注⑥)
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理」「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」し「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」した。さらに、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」で「名誉ある地位を占めたい」。「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる」―。日本国憲法に書かれた言葉は、日本の政治だけでなく、日本の外交姿勢を示すものだ。(注⑦)
80年間、紆余曲折、ごまかしもウソもあったし、いまもあるが、日本国憲法の平和主義は生き続け、国民の中に定着し続けている。
米国のトランプ政権は、石油産業を自らが「有効に」使うために、ベネズエラを攻撃し、大統領を拉致して、「米国とうまくやれ」と、暫定大統領を服従させている。それだけではない。コロンビアをはじめとする周辺諸国を再び「アメリカの裏庭」とするために、「いうことを聞かないと、攻撃するぞ」と脅し、各国内部の矛盾につけ込んで、「ディール」という名の脅迫を続け、「私には国際法は必要ない」(1月7日NYタイムス、10日「朝日」)と、うそぶいている。
まさに、「武力行使」は慎もうと約束し、「主権」国家や「人民主権」つまり「民主主義」を基本として積み上げられてきた国際関係を平気で破り、自分たちの利益だけを進めようとする独裁・専制・君主制の帝国主義時代にもなかったくらいの「暴走」である。
これを、誰も止められないとすれば、一体世界はどうなるのか?
いま、日本政府がそうであるように、世界中の「政府」が、カネと利益のために、あるべき姿を見失い、屈服し、迎合し、ごまかしていく世界を質して行くにはどうしていけばいいのか?
結論を急ぐ。それには、ひとり一人声を出し、メディアはそれを拡大し、多くの世論を作る。「民主主義」と「平和」、そして、「独裁反対」「主権を守れ」の世論で、世界中を覆っていく以外にない。既に、ベネズエラで、イラクで、そして米国でデモが起き、反対運動が広がっている。メディアは、トランプの「思想」を問題にし、「民主主義」と説き、「地球」を守らなければならない。
オールドメディアがどうとか、SNSがどうとか、さまざまな事情を超えて、メディアは、ごく当たり前のこと、あくまで「事実」に基づき、「平和と民主主義」の立場で、あらゆる場で、批判し、論じる。いま、求められているのは、その当たり前の「原則」である。
(了)
注
① ハーグ平和会議 ロシア皇帝ニコライ2世によって提唱され、28カ国によって開かれた。2回の会議で、捕虜の虐待禁止や傷病者の取り扱いなど「ハーグ陸戦条約」と言われる条約が生まれた。毒ガスやダムダム弾の禁止なども決まり「戦時国際法」の基礎が生まれた。
② パリ不戦条約 第1次世界大戦後の1928年8月、パリで結ばれた条約で、最初15カ国、後に批准国は63カ国になった。米国務長官フランク・ケロッグとフランスの外相アリスティード・ブリアンの協議から始まったので、「ケロッグ・ブリアン条約」とも言われる。簡単だが重要な条約で、第1条で「締約国は国際紛争解決のため戦争に訴えることを非とし、かつその相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄することをその各自の人民の名において厳粛に宣言す」、第2条で「締約国は相互間に起こることあるべき一切の紛争または紛議八草の性質または起因の如何を問わず平和的手段に依るのほかこれが処理または解決を求めざることを約す」と決めた。「国際紛争」の解決に当たって、「戦争の放棄」を決めた、最初の条約である。
③ 第2次世界大戦と核兵器 第2次世界大戦とは、1931年9月のナチス・ドイツのポーランド侵攻に始まり、1945年8月の日本の降伏まで、ドイツ、イタリア、日本の「枢軸国」と、英、仏、中国米国、ソ連などの「連合国」の戦争を言う。1941年6月のドイツがソ連を攻め、既に1931年9月以降、中国侵略始めていた日本も、1941年12月、米、英。オランダなどを攻撃し、世界大戦になった。イタリアは1943年9月、ドイツは1945年5月降伏、広島、長崎の原子爆弾を受けて日本も1945年8月降伏した。
④ 国連憲章、ユネスコ憲章 第2次大戦の終結を前に、1945年4月から開かれたサンフランシスコ会議で調印され、10月に正式に発効した。発足時の加盟国は51カ国だったが、現在は193カ国が加盟している。国連の目的は、(1)国際平和・安全の維持(2)諸国間の友好関係の発展(3)経済的・社会的・文化的・人道的な国際問題解決のため、および人権・基本的自由の助長のための国際協力―で、国連の「行動原則」として、次の諸点が示されている。
▽国連はすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおく▽すべての加盟国は憲章に従って負っている義務を誠実に履行する▽加盟国は、国際紛争を平和的手段によって国際の平和および安全ならびに正義を危うくしないように解決する▽加盟国はいかなる国に対しても武力による威嚇もしくは武力の行使を慎む▽加盟国は、国連がこの憲章に従ってとるいかなる行動についてもあらゆる援助を与える▽憲章のいかなる規定も本質的に国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限はない。
▽国連はすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおく▽すべての加盟国は憲章に従って負っている義務を誠実に履行する▽加盟国は、国際紛争を平和的手段によって国際の平和および安全ならびに正義を危うくしないように解決する▽加盟国はいかなる国に対しても武力による威嚇もしくは武力の行使を慎む▽加盟国は、国連がこの憲章に従ってとるいかなる行動についてもあらゆる援助を与える▽憲章のいかなる規定も本質的に国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限はない。
⑤ ユネスコ憲章 ユネスコ憲章は45年11月、パリで「ユネスコ憲章」が採択され、翌46年「ユネスコ」が創設された。ユネスコとは、「国際連合教育科学文化機関」(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization=UNESCO)。憲章前文では、次の通り言っている。
戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。 相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
ここに終りを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人間と人種の不平等という教義をひろめることによって可能にされた戦争であった。
文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、且つすべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神をもって果さなければならない神聖な義務である。
政府の政治的及び経済的取極のみに基く平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない。
戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。 相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
ここに終りを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人間と人種の不平等という教義をひろめることによって可能にされた戦争であった。
文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、且つすべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神をもって果さなければならない神聖な義務である。
政府の政治的及び経済的取極のみに基く平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない。
⑥ 幣原・マッカーサー会談
戦後、東久邇内閣を継いで総理大臣になった幣原喜重郎は、憲法改正担当に松本烝治国務省を当てていたが、彼の取り組みが明治憲法を踏襲するものに過ぎないことを察知し、連合国が納得し、天皇を守るための方策を模索した。インフルエンザにかかり、マッカーサーが贈ったペニシリンで回復したため、そのお礼の挨拶に、と46年1月24日、マッカーサーを訪問、「戦争をなくすには軍隊を持たないこと以外にない」とマッカーサーと語り合った。憲法調査会に寄託された側近の平野三郎氏の文書、および、マッカーサーの「回顧録」に、その内容が書かれている。
「平野文書」https://www.benricho.org/kenpou/shidehara-9jyou-text.html
「マッカーサー大戦回顧録 (中公文庫 マ 13-1)」
なお、笠原十九司『憲法九条論争 幣原喜重郎発案説の証明』(平凡社、2023年)
戦後、東久邇内閣を継いで総理大臣になった幣原喜重郎は、憲法改正担当に松本烝治国務省を当てていたが、彼の取り組みが明治憲法を踏襲するものに過ぎないことを察知し、連合国が納得し、天皇を守るための方策を模索した。インフルエンザにかかり、マッカーサーが贈ったペニシリンで回復したため、そのお礼の挨拶に、と46年1月24日、マッカーサーを訪問、「戦争をなくすには軍隊を持たないこと以外にない」とマッカーサーと語り合った。憲法調査会に寄託された側近の平野三郎氏の文書、および、マッカーサーの「回顧録」に、その内容が書かれている。
「平野文書」https://www.benricho.org/kenpou/shidehara-9jyou-text.html
「マッカーサー大戦回顧録 (中公文庫 マ 13-1)」
なお、笠原十九司『憲法九条論争 幣原喜重郎発案説の証明』(平凡社、2023年)
⑦ 日本国憲法前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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