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2023/08/28
ストレートに言おう 「麻生発言は違憲だ」
 8月は戦争と平和、それと憲法を考え、語る月かと思う。

★ 憲法に関連してこの8月、NHK「映像の世紀~マッカーサー」に注目した。
終戦以降45~47年を中心にGHQとマッカーサーの施策をたどった。天皇との会見で示したとされる五原則①女性参政権②労働組合承認③教育民主化④特攻など廃止⑤財閥解体-は詳しかった。
  
ただ不思議なことに「戦争放棄」の視点は弱かったように感じた。例えば46年2月の「戦争放棄」を軸とするマッカーサー3原則-は捨象された。また近年研究が進んでいる45年10月11日のマッカ―サー・幣原喜重郎首相会談(幣原が「新生日本は戦争放棄を」と提起した)には触れられなかった。

 もちろん46年、GHQが日本政府の新憲法案を「保守的」と突き返したという大筋の流れは抑えている。その後の双方のやり取りを経て同年に新憲法案が承認され、11月に公布された。

★ なぜこの番組が気になったかといえば、自民党の麻生副総裁が台湾を訪問して、中国・台湾の抗争、いわゆる「台湾有事」を想定して、日本も「戦う覚悟だ」と発言した(8日)あとだったからだ。
 中台戦争、さらに米中戦争になれば日本も「参戦」ということになる。しかも首相官邸や外務省と「入念に発言内容を調整」(毎日10日付)というではないか。

 しかしそもそも、だ。中台の紛争に日本が軍事介入するなど憲法のどこを押しても出てこない。
 2015年強行の「安保法制」も日本の対米協力「参戦に曲がりなりにも二重三重の「条件」を付けている。日本に必要なのは「戦う覚悟」ではなく憲法9条にもとづく「戦争を起こさせない覚悟」なのだ。
 (麻生発言大賛成の産経でもさすがに、阿古智子東大教授の「(麻生氏が)誰が、どのような覚悟を持つべきだと言っているのかがつかめない」という論を掲載している=8月22日付)

★ 8月、さまざまな論者がこの麻生発言を取り上げ批判した。
 8月25日の朝日夕刊「斜影の森から」(福島申二=元編集委員)の次の指摘が目を引いた。「『戦う覚悟』」を唱えたりしているのは、何かがあっても武器をとる立場の人ではない」。洞察の効いた批判だ。
 最後に、日中友好新聞9月1日を引きたい。「法的にも『1つの中国』の下での『中台衝突』は『内戦』」。見出しにこうある。麻生発言は「戦争前提の意見発言」。

 そうだストレートに言おう。麻生発言はそもそも「違憲」なのだ。         
(寺)
2023/08/22
ひどい8月
 ひどい8月だった。
 連日35度を超すような猛暑のことだけではない。
「平和を願う8月」は吹き飛ばされ、「岸田軍拡内閣」の下で、本当に「新しい戦前」に、突入してしまったように見えるからだ。

 昨年のウクライナ戦争を契機に、米国はこの戦争をロシア押さえ込みのチャンス、NATO軍事体制強化の好機と位置づけ、武器供給を広げ、アジアでも太平洋からインド洋に広がる中国包囲網をつくるために、「クワッド」や日豪間の軍事提携、懸案の日韓関係修復に走った。

 これに積極的に関与したのが岸田首相だ。
 広島G7へのウクライナ招待(5月)に始まり、NATO首脳会議への出席(7月)に続いて、8月に入ると、あらゆる場面で、「拡大抑止」論を展開、積極的に動いた。

 6日、9日の原爆忌では、世論を尻目に、「核廃絶」ではなく「核抑止」を強調した。8日には、与党、自民党の麻生太郎副総裁(元首相)が、台湾危機に「戦う覚悟」を訴えた。「台湾危機」とは、中国の内戦を煽り、包囲網を口実に軍備拡張を狙うものだ。既に南西諸島の軍事化は目を見張るばかりだ。

 15日には、天皇がかつての戦争に「深い反省」を述べる傍ら、「積極的平和主義」を公然と表明した。「貧困も差別もなく、世界中の人々が平和で暮らすように、」とする本来の「積極的平和主義」の理念を捨てて、「武力による平和」を主張する「米国受け売り、安倍流」の考え方。「平和主義」とは、全く逆の発想だ。
 
 そして、1泊3日の強行日程で訪米し、日米韓の「歴史的な安全保障の連携強化」の合意を宣言。「キャンプデービッドの精神」とかで、日本は明確に「米国・NATO陣営」の主力メンバーに加わった。

 戦後78年の8月。かつての戦争の惨禍を反省し、平和を誓う8月。かつての戦争体験者の多くが亡くなる中で、「最後の告白」も目立った。当時15歳だった陸軍731部隊の元隊員(93)も、やっと自らの体験を口にした(東京新聞8月19日付)。いま、戦争体験だけではない、戦後の体験も含めて、後世に語り伝えることが重要になっている。

 世代は移っても、非戦・非武装の憲法9条とその精神は生き続ける。「新しい戦前」が語られた戦後78年の夏。日本を再び戦争の惨禍にさらしてはならない。
(S.M)
2023/08/15
「日本子どもを守る会」が平和祈念集会を開催
俳優の斉藤とも子さんが講演
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 「声を上げる高校生・大学生たちと連帯して」をテーマに、市民団体「日本子どもを守る会」主催の平和祈念集会が8月13日、東京都豊島区で開かれた。「高校生平和ゼミナール」の活動に参加する若者たちと交流する俳優の斉藤とも子さん=写真=が講演し、「若い人たちに、私自身が教えられている」と話した。
 核兵器廃絶と平和の問題を中心に高校生たちが学び合う「全国高校生平和集会」は、1974年、広島での原水爆禁止世界大会で高校生の分散会が設置されたのが始まり。以後、毎年夏に広島や長崎で同集会が行われている。高校生平和ゼミナールは、この集会に参加した生徒たちが「自分たちの地域でも平和ゼミを」と78年に広島で、81年には長崎で誕生した。その後、埼玉や東京の三多摩、神奈川、大阪、高知県の幡多など各地に広がり、地元の史実の掘り起こしに力を注ぐなど学びの内容が深まっている。また、生徒たちが連携して、日本政府に核兵器禁止条約の署名・批准を求める高校生署名に共同で取り組み、最近では、沖縄の平和ゼミナールのメンバーの呼びかけでロシア軍によるウクライナ侵攻に反対する署名活動を実施。大学生によるグループも結成された。
 斉藤さんは99年に井上ひさしさん原作の「父と暮せば」の舞台に出演したのを機に広島の被爆者らと親交を重ねてきた。また、平和ゼミナールの活動に視点を置いた映画「声をあげる高校生たち」(有原誠治監督、今年2月完成)でナレーションを務めたことから、ゼミナールの若者たちと出会った。
 13日の集会では同映画の上映後に斉藤さんが登壇。「東京の原宿で一緒に署名活動をしたとき、(高校生の一人が)道行く人にそっとささやくように自分の思いを語る姿を見て涙が出た」と斉藤さん。また、「被爆者の方々の存在こそ宝」と言い、「私も平和のためにできることをしたい」と言葉に力を込めた。
(M)
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