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2022/10/10
周首相の手は柔らかかった――田中首相を北京で見送った50年前
日中国交正常化50年に思う

<杉本 万里子 ( 翻訳業)>

 半世紀前、抜けるような青空の北京首都空港で間近に見た、田中角栄首相のうれしそうに上気した顔と、周恩来首相の太い眉と大きな澄んだ目がいまもまぶたに焼き付いている。

 1972年9月29日、両首脳が北京の人民大会堂で共同声明に署名し、日中は国交を回復し、「戦争状態」にピリオドを打った。この歴史の新たなページがめくられた日の午後、幸運にも、17歳の高校生だった私と両親は、上海へ向かう二人を見送る式典に参列することができた。

 父は当時、北京に本部を構えていた、左派系の国際NGO「アジア・アフリカ・ジャーナリスト協会」(AAJA)で働いていた。その縁で、私も歓送式典に参列する機会に恵まれたのだ。AAJAは、脱植民地化と真の独立をめざすアジア・アフリカ各国のジャーナリスト同士の交流、連帯促進を目的にした団体で、周首相と中国記者協会が後ろ盾となっていた。それはともかく……

 閲兵を済ませた両首脳は、参列者ひとり一人に歩み寄って会釈し始めた。私にもお辞儀をしてくれた田中首相の顔を見ると、紅潮し、汗がにじみ出ていた。続いて、握手を求めてきた周首相の手を握ると、実に柔らかくて暖かった。二人とも偉業を成し遂げた達成感に浸っていたように見えたことを覚えている。

 いま振り返ると、両首脳のようなスケールの大きい政治家がいたからこそ、国交正常化は実現したのだと思う。

▼「侵略者」から「友人」へ

 父親の仕事の関係で日本と国交すらなかった中国に渡って7年。まだ各地で戦争の記憶が生々しく残っていた。一般の中国人の対日イメージは「侵略者日本」であり、「日本鬼子」(日本の鬼ども)であった。中国人の根深い反日感情に触れて、肩身の狭い思いをしたこともある。

 しかも、当時は文化大革命のさなか。権力闘争が熾烈を極めた政治だけでなく、子が親を「反革命分子」と密告したり、辺境での労働に突然従事させられたりするなど社会も揺れていた。いま思えば笑ってしまうが、私も学校で「革命教育」をたっぷり受け、赤い表紙の毛沢東語録を振りかざし、「世界観の改造」に励んでブルジョワ思想と闘っていた。

 そんななかで、周首相ら指導部が内外の時流をつかみ、田中訪中受け入れに舵を切り、日本との友好が中国の利益になる、と人びとを説得することは政治的に生やさしいことではなかったと思う。

 しかし、同時に、そこに至るまで民の力を信じ、民間交流を積み上げ、国交回復の土台を築いた人たちがいたことも事実である。日中友好の井戸を掘る人たちの地道な努力がなければ、国交回復は実現できなかったとも思う。

▼井戸掘りをやめるわけにはいかない

 あれから50年。日中の経済規模は逆転し、日本では大国化した中国の脅威論がかまびすしい。日中の経済と人の往来は緊密になったが、外交安保や歴史、人権問題などでのあつれきは高まる一方だ。
私がとりわけ心を痛めるのは、日中相互の国民感情が悪いことだ。 言論NPOが2021年に実施した世論調査によれば、日本人の約9割が中国に「良くない印象」を持っている。日本に良くない印象を抱く中国人も前年より13ポイントも増えて約66%と出た。

 まだ、まだ、井戸掘りをやめるわけにはいかない。

 この先、50年の日中関係を見据えると、私たち一人ひとりが交流の当事者、主役であるという自覚を持つことが必要だと思う。その際、日中共同声明をもう一度見つめ直し、その原点に立ち戻ると、これからのあるべき交流の姿が見えてくる。

 半世紀前の共同声明は、「社会制度の相違があるにもかかわらず、両国は、平和友好関係を樹立すべきであり、また、樹立することが可能である」とうたう。
 日本と中国では、政治体制から商慣習、生活様式、社会規範、価値観まで違う。しかし、「国情」が違っても日本人と中国人は同じ人間だ。理解し合える共通点は少なくない。
 日中関係が歴史や領土問題で険悪のときでも、「上はけんかしているようだが、私たちは私たち」といった言葉を中国の友人たちからよく聞いた。政治や外交が私たちの心まで縛ることはできないが、その逆は可能だ。民の力で政・官を動かすことはできる。

 ビジネスでも勉学でもスポーツ、ファッション、料理、音楽、何の分野でも構わない。中国との縁をつくり、それを育ててもらいたい。とくに、次世代を担う日中の若者同士の出会い、ふれ合い、共感、支え合いが望まれる。今も昔も若い世代ほど両国を隔てる心の壁は低いと思う。

▼みんなで違いを乗り越えよう

 文革時代、私が通っていた中学の父兄の間で、日本人と付き合うと、「スパイ」のレッテルを貼られ、不測の事態を招きかねないという空気が支配的だったが、私と仲良くしてくれた級友は少なくない。

 田中首相一行が北京空港に到着したとき、高校の級友たちも動員され、一行を空港で歓迎する「政治任務」を果たした。級友の多くは、軍国主義日本による侵略の記憶が消えない親たちの世代とは異なり、日本人に対する憎しみや恨みもなければ、日本との国交回復に抵抗感もなかった。
 親から日本兵の残虐行為を何度も聞かされていたという級友でも、積極的に祝う気持ちにはなれなかったものの、「日本には、良くも悪くも特別な感情はなかった」と話してくれた。

 日本で日中交流と言えば、国交正常化に貢献した議員連盟や経済協会など「日中友好7団体」が知られる。中国側の信頼が厚く、改革開放後もこのような権威ある友好団体を介して中国側と接する交流が主流の時期もあったが、いまはネット時代。誰でも個別に中国に触れることができる。

 中国発の動画SNS「TikTok」やファストファッションの通販「SHEIN」をはじめ、「チャイナ」と「サイボーグ」を掛け合わせて「チャイボーグ」と呼ばれる中華メイク、オンラインゲーム「原神」……。
 いずれもデジタル化が進んだ時代に生まれた日本の「Z世代」に受けている。中国の若者も同じ傾向だと思う。私の知る限り、日本のアニメや映画、小説、テクノ・ロック、ヘルシーな日本食などを通して日本と自然に接触している。もちろん、コロナ禍前は日本旅行も。

▼まず、岸田―習トップ会談を

若者は、こうした「自然の流れ」に乗って、意識しなくても簡単に国境の壁を飛び越えてしまう。日本の若い世代ほど中国への親近感が高いという総務省の調査結果(2021年)もうなずける。権力側の不用意な介入は禁物だ。
それにしても、政府間対話の方は心もとない。国交正常化のときと同じように、日本も中国もあらゆるレベルで「制度の相違」を乗り越える努力が求められていると思う。
まずは、先延ばしにされている岸田首相と習総書記のトップ会談で、その一歩を踏み出せるか注目される。


 杉本 万里子(すぎもと まりこ)
  1955年、東京生まれ。北京大文学部卒。共同通信記者、日中文化交流協会職員などを 経て、現職。1965年に北京に渡り、文革期の現地校に通い、1978年帰国。主な訳書に曹 乃謙著『闇夜におまえを思ってもどうにもならない―温家窰村の風景』(論創社、2016 年)など。
2022/08/29
沖縄知事選でできること
「沖縄辺野古新基地建設を許しているのは日本人だ」との批判にどうこたえるか

<福島 清>
(北大生・宮澤弘幸「スパイ冤罪事件」の真相を広める会・事務局)

 ▼菅原文太さんの訴え

 2014年の沖縄知事選で、病身をおして翁長雄志さん応援に駆け付けた菅原文太さんはこう訴えた。
 こんにちは。沖縄は、何度来ても気持ちがいいね。
政治の役割はふたつあります。ひとつは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!
 沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。辺野古もしかり! 勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。
 まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。中国にもいる。韓国にもいる。その良心ある人々は、国が違え、同じ人間だ。みな、手を結び合おうよ。
 翁長さんは、きっと、そのことを、実行してくれると信じてる。 今日来てるみなさんも、そのことを、肝に銘じて実行してください。それができない人は、沖縄から、日本から、去ってもらおう。
 はなはだ短いけど、終わり。

 ▼沖縄への基地集中をどう見るか

 この訴えから8年が過ぎた。今、沖縄の人々は、本土の「日本人」をどう見ているか。
 「敗戦から77年、21世紀に入って22年目でもあります。それだけの時を経てなお、米軍という外国軍のために新しい基地(名護市辺野古)を建設し、提供しようとしているのです。……これを異常と感じる感性も認識能力も、日本政府や政府を支持する大半の日本人にはない。しかも米軍駐留の負担を沖縄に集中させることで、自分たちは基地被害を免れ、無関心で済ませられる。……『復帰』50年の現実の姿です。クソ以外の何でしょうか」(目取真俊・作家=2022年5月11日毎日新聞)

 「米軍基地の70%を沖縄に押し付ける差別があるから、それを受け入れるかどうかの闘いが引き起こされている。日本の人々は傍観者ではなく、舞台をつくり、闘いを仕向けている加害者に当たる。復帰から50年、沖縄の憂鬱は晴れない」(阿部岳・沖縄タイムス記者=「週刊金曜日」2022年7月22日号「2022参院選特集」)

 ▼座り込み2000日
                           
 何とも辛い。経過を振り返りつつ考えてみたい。沖縄辺野古に新基地建設が決まった出発点は、1995年9月に起きた米兵3人の少女暴行事件をきっかけに高まった沖縄県民の怒りだった。これに対して、日米両政府は「沖縄に関する特別行動委員会」(SACO)を設けて検討を進め、1996年4月の中間報告で、世界一危険と言われる「普天間飛行場」は、「今後5~7年以内に、十分な代替施設が完成した後、返還する」とした。

 SACOは1996年12月、「沖縄本島東海岸沖建設」との最終報告を発表したが、具体的地名は明記しなかった。97年11月、政府が名護市辺野古沖海上ヘリポート案を発表して以降、熾烈な闘いが始まった。同年12月の名護市住民投票では反対53%となった。しかし以後の名護市長選では、容認候補と反対候補が争ってきた。沖縄知事選でも辺野古基地建設が争点となったが、2014年に反対を掲げた翁長雄志知事が誕生して以降、辺野古基地建設反対の姿勢は一貫している。これが沖縄県民の総意だ。
 2018年12月辺野古浅地への土砂投入が強行されたが、キャンプシュワブゲート前座り込みは、2000日を超え、今日も断固とした抗議行動が継続・展開されている。

 ▼米軍に辺野古は要らない

 今年6月25日に開催された「2022沖縄シンポジウム 沖縄とともにー慰霊の日を迎えて」で、柳沢協二・元内閣官房副長官補は、「米軍の新作戦は、大規模基地への集中から分散へと変化している。このため、普天間基地の代替である辺野古基地の2本の1800㍍滑走路は、ヘリポートしては過大、空中給油機など大型機には過小で使い物にならない」と言っている。
 一方米軍は、ロシアのウクライナ侵略を契機に、現在ある普天間基地の運用を拡大させているほか、日本全土で、やりたい放題の軍事演習を展開している。私の住む立川市も一部含まれている米軍横田基地では、C17,C130大型輸送機用駐機場建設、ジェット燃料大量貯蔵タンク工事など、基地機能強化工事が強行されている。

 つまり米軍にとって、辺野古新基地は全く不要なのである。にもかかわらず日本政府は、「普天間基地の危険除去のためには、辺野古基地建設しかない」と繰り返しているのだ。

 ▼いまできること…

 シュワブゲート前で座り込み、埋め立て土砂を運ぶダンプカーの前に立ちふさがって抵抗している人々、その一方で建設工事に動員されている人々、座り込みを阻止しようと立ちはだかっている警備員もみな沖縄の人々だ。沖縄の人々を争わせている責任の一端は、本土の我々にあることをかみしめなければならないと考える。

 今すぐ出来ることは、沖縄県知事選で、玉城デニー候補を当選させるためにカンパをすることだ。
2022/08/27
軍事費が2倍以上になるということ~暮らしはどうなる~   経済評論家  熊澤 通夫

軍事費が2倍以上になるということ~暮らしはどうなる~                    

安倍第2次政権が発足してから岸田政権までの10年間、防衛関係費とよぶ日本の軍事費は毎年、増えつづけ、2012年度の4兆7,138億円から2022年度には5兆3,877億円と1.4倍になりました。日本人一人当たりにすると約5,300円の負担増です。

▼「軍事小国」どころか…

ところが日本は「軍事小国」という人がいます。論拠に国の経済力を示す国内総生産(GDP)に占める防衛関係費の割合が1%前後と、国際比較で低いことをあげます。しかし分母になるわが国のGDPが世界第3位と経済大国なので、分子になる防衛関係費が多くても、その割合が低くでてあたりまえ。事実、軍事費の金額比較では世界上位第8位に位置します。
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▼「防衛三文書」とは?

岸田政権は、今年年末までに日本の外交、軍事の基本方針である「安全保障基本方針」、5年程度の戦争計画になる「安全保障大綱」と来年度を初年度とする軍備拡張計画の「中期防衛計画」という「防衛三文書」をつくり、その中で5年間を目途に来年度から軍事費1%を2%以上に倍増以上、世界上位第3位にするための予算をつくる作業に入りました。
目的は中国、北朝鮮、ロシアを相手国に第一線基地の役割を果たすため、日米軍事同盟を強めることで、敵基地先制攻撃の能力を持っているミサイルなど装備品の調達や、集団的自衛権が行使できる装備の充実のほか、財政の仕組みそのものも変えて「戦争のできる国」へ全力疾走するもので、憲法第9条改悪と一体化しています。
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▼社会保障削減、借金増

軍事費「倍増以上」とは、最低でも国民が毎年、いまよりも約5兆円、日本人一人当たり負担額になおすと約4万8,000円から約8万6,000円に増えることです。
このお金を調達するため政府は、社会保障費を中心に経費削減を強めるつもりです。しかしそれだけでは急増する軍事費に足りません。
そこでとりあえず借金を増やすでしょう。しかしアベノミクスの失敗でわが国の財政は1,026兆円、GDP比で2倍以上、先進国最悪の借金大国に転落し、昨今の物価値上りにも対処できない状況にあります。
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▼経済構造変え、国民の生存権否定

経費削減、公債増発でも賄えないほどの膨大な軍事費膨張!
これに日本の経済構造を激変させる岸田政権の経済政策がくわわります。それは経済安全保障基本法で定める重点業種・設備、GX、DX、それからイノベーション促進へ財政資金をバラマクことで、財源づくりにGXだけでも巨額の公債発行(環境債)を予定しているほか、基金制度の新設、個々の企業への補助金支給、法人税等の企業負担を軽くする租税特別措置の新設・拡充など財政の仕組みを改悪し、総動員します。
こうしていま、日本の財政は軍事大国と国民の生存権否定という政治により、消費税の大改悪・増税とともにインフレーションの道に陥りつつあります。
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▼市民の力で軍拡ストップを!

いま、世界では核兵器禁止・核戦争阻止と持続可能な地球球環境をつくるため、大きな運動が起きています。その中でこうした日本の状況を変えることは歴史的使命でしょう。とるべき道は憲法の定める平和主義を掲げ、絶対に戦争しない国にする!市民の力で軍事費膨張を止めなければなりません。
2022/07/28
加藤智大死刑囚 再審請求していたという
なのになぜ?!
仲築間卓蔵
仲築間卓蔵
 何かありそうだとおもっていたら、やっぱり出てきた。東京五輪・パラリンピック組織委員会の元理事が大会スポンサーの紳士服大手から資金提供を受けた疑惑だ。東京五輪開催の決め手になったのは、安倍首相の「福島原発はアンダーコントロール」という嘘(うそ)だった。日刊ゲンダイの一面タイトルを拝借すれば「統一教会も東京五輪も真っ黒だ 死してなお噴出する安倍首相の『負の遺産』」ということになる。
 あれこれ考えながらバスに乗った途端、マスクしてくるのを忘れた。幸い乗客が少なくて人目を気にしなくて済んだが、「非国民!」と言われそうな気がしてあわてて薬局に駆け込んだ。この気分、戦時中(日中戦争がはじまった頃)小学校の校庭に建てられていた奉安殿(天皇・皇后の写真を入れてある)の前で頭を下げなかったのを見られて「戦地で戦っているお父さんに申し訳ないと思わないのか」と先生に叱られたことがある。そんな雰囲気に似てきそうな気がして、思わずゾッとした。
 またまたこんな書き出しではじまったが
▼ 今回触れたいのは
秋葉原無差別殺傷事件(7人殺害、10人重軽傷)の加藤智大死刑囚(39)
に刑が執行されたことについてだ。
 事件当時(2008年6月)、被害者の手当に協力しながら自らも犯人に刺されて重傷を負ったタクシー運転手さんが(死刑執行について)「いままで生かしたんだから、もっと調べるべきだ」「再発防止対策をきちっとやったのか・・聞こえてこない」とインタビューに答えていた。
 当時のテレビ朝日『ザ・スクープ』の鳥越俊太郎さんの言葉を思い出している。「日本の社会格差が広がり、ワーキングプアが増えている。小泉構造改革の名のもとに進められた変化が、こういう犯罪を産み出していると思えてならない」。そんな見解を述べていた。

〇 しんぶん赤旗のご協力で、当時の記事を送っていただいた。
 彼は人材派遣大手の日研総業の社員だった。同社は1999年に労働者派遣事業の許可を取得し、人材派遣事業を開始している。
 2004年には製造業への派遣解禁などを盛り込んだ「改正労働者派遣法」(自民・公明などが賛成)の施行にともない、製造業への派遣事業をスタートさせている。おもにトヨタ、キャノンといった日本を代表する自動車や精密機械メーカーなどの工場で働く労働者の派遣で急成長。業界大手となっている。
 同社の求人広告 自動車の組み立て 月収25万5千円以上可 3食寮で食事可能 寮内24時間オープンの売店あります 個室寮も完備で生活環境バツグン。

〇 しかし、その実態は・・
 神奈川県に住む女性(32)は29歳のとき、「寮付き」との求人広告が目に飛び込み、日研総業の事務者を訪ねました。同社担当者は「長期に働くことができる。二交代制で、月20万円余は可能」と説明を受け、キャノンの宇都宮工場で働きました。ところが、拘束時間は10時間半に及ぶのに時間外手当はなし。給料明細書をみると、支給総額は17万円余なのに、社会保険料以外に寮費5万円余、水高熱費5千円、布団・テレビのレンタル料千円が差し引かれ、手取りは10万円余。働き出して2か月たった時、「減産のためにやめてくれ」と突然、解雇予告通知を受けました。

〇 加藤智大容疑者は事件の3日前、工場更衣室で「つなぎ(作業着)がない」と大声をあげ、そのまま退勤。翌日 人材派遣会社から「(勤務を続けるかどうか)本人が考えさせてほしいと言っている」という連絡があったという。

〇 日研総業は、事件から2日後「二度とこのような悲惨な事故が繰り返されることのないよう、派遣スタッフの管理体制をあらためて見直したい」というコメントを発表している。

加藤智大死刑囚は再審請求をしていたといいます。
それなのに なぜ?!

2022/05/25
「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を読む
     経済評論家   熊澤 通夫

はじめに 戦争する国へ~GDP比2%以上(自民党提言)

 岸田首相はこの3月はじめの記者会見で「ウクライナの情勢が防衛予算や国家安全保障戦略の見直しにどのような影響を与えるか」という質問に「防衛力を抜本的に強化していくことを考えていかなければならない。こういった姿勢で国家安全保障戦略など安全保障戦略など安全保障に関する文書の策定に向け議論を深め、体制を整えていきたい」 と答えている。
すでに今年夏の自民党参議院選挙公約で防衛費の「倍増以上」をうたいつつ、年末にわが国安全保障政策の基本方針と軍事力整備の具体的方針を定めた「防衛三文書 」を改め、2023年度以後の各年度予算で画期的な軍事費増加の実現を目めざしている。
 その内容を参院選前にうかがうには、自由民主党が防衛三文書改訂に向けて政府にあてた「提言」(「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」2022年4月26日。以下、「自民党提言」という)を分析することが適当であろう。
「自民党提言」特徴の一。わが国が、脅威である中国、北朝鮮、ロシアに対抗するため、画期的な軍備拡張を行う姿勢を明らかにしたこと。
特徴の第二。このため東太平洋地域の安全保障を、東南アジア諸国連合等アジア諸国との協調による平和維持の構築に求めるのではなく、インド・太平洋地域を中心に、日米同盟の一層の強化を基軸としつつ、価値観を同じくする「同志国」との軍事協力関係の強化・軍事ブロック化を進めようとしていること。
特徴の第三。したがって日本国憲法前文と憲法第9条で定めている平和国家の理念を放棄し、その具体的保障となる専守防衛・先制攻撃の禁止、非核三原則、武器輸出の規制、防衛関係費の対GDP比1%という上限枠の廃止・変質を目指していること。
特徴の第四。このため軍事費を、NATO基準(対GDP比2%以上)を目途として抜本的増額を行うこと。
以下、この章ではその主な具体的内容について「自民党提言」の抜き書き(以下、カギ括弧内は「自民党提言」)から見ていくこととしよう。

1.「対立の最前線」に立つ日本

 アメリカは、中国を自国の覇権に対する今世紀最大の挑戦国家と位置づけ、戦後最悪の関係にあり、同盟国、友好国に協力を要求している。
「自民党提言」は、日米軍事同盟を基軸とするわが国の位置を米・中新冷戦の「対立の最前線に立たされている」としつつ、「脅威」を強調する以下のような情勢認識を示している。
(1)
中国
急増する軍事費と軍事力の近代化や、台湾の武力統一、尖閣列島周辺海域の侵入等の力による現状変更の試みにみられる「中国の軍事動向などは、わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の重大な脅威」
(2)
北朝鮮
 「核兵器とミサイル技術の開発に注力しており」、わが国の安全保障との関連で「より差し迫った脅威」
(3)
ウクライナ侵攻などロシア
「わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の重大な脅威」

すなわちこの情勢分析は、戦後の国際秩序を否定し、民主主義に敵対する核武装した三か国と対峙する日本という位置づけになり、軍事費急膨張の必要性を説く導入部になっている。

2.防衛関係費全体の抜本的増額

現在、わが国が置かれている「かつてなく厳しい安全保障環境に対処」するには「防衛力の抜本的強化は一刻の猶予も許されない」とし、以下のような例示をし、「防衛関係費全体の抜本的な増加を強調している。
(1)
従来の正面装備品充実に加えて弾薬の確保等継戦能力の維持・強化
(2)
陸・海・空の統合運用強化のための情報通信ネットワークの整備
(3)
弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力などの新たな能力の保有
(4)
AI、無人機、量子技術等の先端技術、サイバー・宇宙等の新領域分野に関する取り組みや研究開発
(5)
優秀な自衛隊員を確保するため宿舎の近代化等
 「こうした様々な取り組みを今から確実に積み上げ、将来にわたりわが国を守り抜く防衛力を構築するという、わが国防衛上、最も重要な目標は、防衛関係費全体の大幅増額なしに達成することはできない」と結論づける。
くわえてロシアによるウクライナ侵攻を契機としたNATO諸国における軍拡の動きをとらえ、「一国では自国の安全を守ることは出来ない時代」であり、「自国を守る覚悟のない国を助ける国はなく、わが国として、自国防衛の国家意思をしっかりと表明することは、同盟国である米国のコミットメントを更に強固にするものである」と説くのである。

3.GDP比2%以上を目途に

 こうして防衛関係費倍増論が登場する。「自民党提言」はいう。したがって、わが国の軍事費はNATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、わが国としても、5年以内に防衛力を抜本的に強化するために必要な予算水準の達成を目指すこととする」。「なお、新たな防衛力整備計画の初年度に当たる令和5年度予算においても・・必要な経費を確保するものとする」
 ちなみにわが国の軍事費の額は、6.9兆円程度、対GDP比1.24%程度(2021年度)。対GDP比2%の場合は11.2兆円(NATO基準を参考にした財務省試算 )だから、国民1人当たりの負担額は1.24%の場合、約55,000円程度。2%になると1.6倍以上の89,000円程度になる。
 
4.限りない軍事優勢・軍備拡張へ~戦い方の変化への対応~

ところで管見するところだが、「2%以上」の「以上」をはずして「2%」が軍事費増加の上限となる報道や解説を見聞きするが、それは誤りである。
日米軍事同盟を基軸とし、拡大抑止論の上に組み立てられたわが国の安全保障政策の下で、中国、北朝鮮、ロシアを相手とする軍拡競争に積極的に参加するのだから、相互の軍拡競争によって、軍事費の増加は歯止めのきかないものとなる。それは「自民党提言」が「2%以上」の防衛費増加を記した後につづいている「戦い方の変化」等の記述から読み取ることができる。重要な点に限って見ておこう。
一つは相手国に対して軍事的優勢を保つための絶え間のない「軍拡の必要性」である。
「自民党提言」は、AI、無人機、量子技術を使った「急速な技術革新」による「新しい戦い方」に対応する軍事の「能力強化、態勢構築が不可欠」になっていて、そのため不断に組織の見直しと装備品の更新を求め、このためAI、無人機、量子技術等の先端技術について「わが国としても産学官一体となって先端技術の研究開発に重点的に投資するとともに、わが国特有の【戦い方】を知る民間企業各社の防衛部門(防衛産業)が社内民生部門やスタートアップ等の技術を結集し、国産装備品を早期に実現する仕組みを構築する。特に、防衛省が、防衛産業から最先端民生部門を用いたシステム等の提案を受け、需要案件を特定した上で早期装備化に向け、前例にとらわれない抜本的施策を行う取組をさらに促進する」という。
二つは専守防衛の否定である。
「自民党提言」で「反撃能力」と言葉を変えた敵基地反撃能力について「弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処する。反撃能力の対象範囲は、相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等も含むものとする」。つづけて「このため、スタンド・オフ防衛能力や衛星コンステレーション・無人機等による追尾を含むISR能力、さらには宇宙、サイバー、電磁波領域における相手方の一連の指揮統制機能の発揮を妨げる能力や、デコイをはじめとする欺瞞・欺騙といったノンキネティックな能力等の関連能力を併せて強化する」。したがってこれまで政府が説明してきた専守防衛のための必要最小限の自衛力の具体的限度は「その時々の国際情勢や科学技術等の諸条件を考慮し、決せられるもの」と空文化した。
三つ目は国内軍事産業の強化と防衛装備移転三原則の運用見直しである。
「防衛生産・技術基盤は、これまでの【防衛力を支える重要な要素】との位置づけにとどまらず、もはや【防衛力そのもの】である」。「国はその維持・強化のため、契約関係を超えて、法整備も含め、より踏み込んだ取組を実施すべきである」。「【防衛力そのもの】の担い手たる防衛産業が適正な利益を継続的に確保することは必要不可欠である。このためには、防衛装備品の取得に際して、国内基盤の劣化の傾向を改善し、わが国の自律性の確保及び不可欠性の獲得を実現する」。「防衛生産・技術基盤に対して重点的に投資及び支援を行っていく」。と国内軍事産業を強化していくとした後、それと関連して「その際、とくに部品を含む防衛装備移転に積極的に取り組む」と武器輸出重視の方針を示し、以下のように言葉を継いでいる。
防衛装備移転は「同志国等の防衛力を強化する」とともに「わが国防衛産業基盤の維持・強化につながる」ことから「最近のウクライナへの移転に係る前例も踏まえ、・・・政府が司令塔としての役割を果たす。そのため防衛装備移転三原則や運用指針をはじめとする制度を見直すとともに、企業支援等を強化する」。
四つ目は国内の戦時体制整備である。
「戦争する国」への変質は、相手国からの攻撃を予測せざるを得ない。そのため自民党提言は「国民保護の一層の強化」について以下のように記述し、核戦争に加わる可能性さえ考慮に入れた非常時体制整備を求めている。
・「とりわけ原子力発電所の警備について、自衛隊による対処が可能になるように、警備出動を含め法定な検討を行う」。
・「武力攻撃災害を含む各種災害における、国民保護の体制を強化する。その際・「政府として、住民の避難・誘導の体制の在り方を検討する」。
・「特に南西地域を含む離島等の空港・港湾の整備が喫緊の課題である」。
・「核攻撃等から国民を守るため、政府全体として、既存の地下施設を中心に、CBRN(化学、生物、ラジウム、核)に対する防護の役割を果たすシェルター整備について調査・評価の上、整備を行う」並行して、フィルター等の空気清浄機の付与や食料等の備蓄に関する整備を行うとともに、補助金制度等の検討を行う」。

このように「自民党提言」が示した軍事費の増加は、軍事産業育成強化まで含んでいて、歯止めの効かないものであるとともに、核戦争に巻き込まれる事態さえ予測する「戦争計画書」である。

(注) 1:記者会見 2022年3月3日。朝日新聞2022.3.4による
   2:おおむね10年間程度の期間を念頭においた外交政策及び防衛政策を中心とした国家安全保障戦略(2013年12月17日閣議決定)、おおむね10年間程度の期間を念頭においた防衛力の在り方と保有すべき防衛力の水準を規定した「防衛計画の大綱」(2018年12月18日閣議決定)、『5か年間の防衛力の整備数量と経費の総額を明示する「中期防衛力整備計画」(2018年12月18日閣議決定)の三文書をいう。
    3:財政制度審議会財政分科会歳出改革部会資料 財務省。2022年度4月

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