2021/06/28
「懸念」は問題で「名誉総裁」は問題ではないのか
   天皇の「政治利用」と「政治的発言」  ──宮内庁長官「拝察」批判を考える
<丸山 重威>

 宮内庁の西村泰彦長官が24日の記者会見で、陛下は「開催が感染拡大につながらないかご懸念されていると拝察される」と述べたことが問題にされている。
 菅義偉首相は「長官ご本人の見解」、加藤勝信官房長官は「憲法との関係で問題があるとは考えていない」(26日毎日)と述べたが、共産党の志位和夫委員長は「憲法で天皇は政治に関わらないことになっている。きちんと守ることが必要だ」とし、社民党も「象徴天皇制を揺るがす大変問題のある発言」と公式ツイッターで述べた(同朝日)という。
 しかし、私はこれを「政治的発言」で問題だ、とするなら、天皇がこの期に及んでまで、東京五輪・パラリンピックの名誉総裁であり続けることを問題にしないことの方がおかしいのではないか、と思う。
 「象徴天皇制」とはどういうものかについては、明人上皇が天皇だった平成時代もずっと考えられてきたことだ。さまざまな行事への出席や、「名誉総裁」への就任も、それなりに検討され、「黙認」されてきた。
オリンピックについても、前回の東京五輪でも、昭和天皇は「名誉総裁」で、「開会宣言」をした。問題にはされなかったが、「天皇の政治利用」だったのは間違いがない。そしていま、国民の反対を押して、非人道的な五輪・パラリンピックが実行されようとするのに、天皇はここでも「名誉総裁」とされている。その「名誉総裁」がコロナに「懸念」を持ったことだけを批判するのは、不公平としかいいようがない。
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 確かに日本国憲法は、「天皇はこの憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」(第4条)とし、この国事行為は第7条に列挙されている。そして、植樹祭や国民体育大会、戦没者慰霊式などへの出席や、「おことば」を述べる行為をどう考えるかは、憲法学者の中でも意見が分かれているが、第7条の「国事行為」でないことは明確で、オリンピックの名誉総裁になり、開会を宣言するのは、「公的行為」だとしても、憲法に基づかない、いわば「私人」としての行為だろう。(天皇にこの「私人」としての立場を認めるかどうかは、天皇の「人権」「人格権」を含め、議論があろう)
 しかしこの発言、当然ながら、外国からは、国政に権能がない皇室も心配している、という文脈で報道された。ワシントンポストは24日、この発言を「五輪に重大な不信任票」との見出し(26日毎日)で伝えた。
 原文に当たると、ポストは、天皇に政治的権力がないことも報じながら、「彼の警告は重みを持っており、政府とIOCを困らせるだろうが、7月23日開催にこだわる主催者の心変わりを誘うには遅すぎた」(His warning will embarrass the government and the International Olympic Committee, but it has come too late to cause a change of heart among organizers, who are determined to start the Games on July 23 after a one-year delay because of the pandemic.)と評している。これが普通の見方である。
 やっぱり、これを、「天皇の発言」と認めず、知らん顔を決め込むのは、「あまりにも不敬ではないか」(NEWSポストセブン)と言わないまでも異常である。
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 元文科次官の前川喜平氏(現代教育行政研究会代表)は、27日付東京新聞「本音のコラム」で、「天皇だって人間だから五輪による感染拡大を心配するのは当然」「『公的行為』も常に政府の言う通りにならなくてもいい。少なくとも拒否権は認めるべきだろう」とし、「いまの天皇には、五輪の開会式に行きたくないなら行かなくてもいいですよと申し上げたい」と書いた。
 5月30日の植樹祭の天皇出席はリモートだった。 どうしても天皇に出席を求めるなら、五輪開会宣言もリモートで、というのが国民の気持ちに添っているのかもしれない。
(了)
2021/06/08
どさくさ紛れ、欠陥だらけの「改憲手続法」を通すな
 与党は6月9日にも採決を画策、参院・立憲民主党は忠実に責任を果たせ
<丸山 重威>

 コロナ禍が深刻になる一方、オリンピックの実施が焦点になっている国会で、こっそり「欠陥だらけ」「議論抜き」の「改憲手続き法」(国民投票法」の「改正」が、どさくさ紛れに成立しそうになっている。
 下村博文政調会長は「コロナはチャンス」と言い、菅義偉首相は「憲法改正の第一歩」と言った改憲手続き法。果たして、メディアもろくに取り上げないまま、麻生副総理がかつて言った通り、「ナチスに学んで、知らないうちに変わっていたように…」の言葉通り、衆議院をこっそり通し、参議院でも9日の採決強行を狙っている。
 かつての参院自身が付帯決議で指摘した問題点も忘れ、参院憲法審査会は、やっぱり衆院のカーボンコピーでしかないのか、ここで立ち止まって、参院の「知性」と「良識」を見せられるか? 改憲問題を離れても問われている。

▼「公選法並み」が売り物の欠陥法案、「修正談合」で衆院通過

問題の「改憲手続法」は、正式には「日本国憲法の改正手続に関する法律」。2006年(平成18年)第164通常国会に、自民・公明の与党が「日本国憲法の改正手続に関する法律案」を提出、民主党も対案として、「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」を出し、与党はこの両案を併合した形の修正案をまとめた。
 衆議院憲法調査特別委員会は2007年(平成19年)4月12日、同本会議は4月13日に可決、参議院に送られた。参議院でも5月11日、参議院憲法調査特別委員会で可決、5月14日、参議院本会議で可決され、成立した。参議院憲法調査特別委員会はこの際、18項目にわたる附帯決議を行っている。法律は、5月18日公布、一部を除き3年後の2010年5月18日から施行された。
 ところが与党は、今回の「7項目改正案」は,附帯決議で検討を求めた、①最低投票率の問題,②公務員・教職員の国民投票運動の問題,③テレビ・ラジオの有料広告規制の問題等についての検討はまいまま、公職選挙法と同様の規定に7項目揃えるだけの内容で、制定時から改憲手続法が抱えている問題点が解消されることにはならなかった。
このため、この「改正案」は、提出後、8つの国会で討議されないまま、今日に至った。憲法改正のための手続き法を議論するための基本的な条件すらなかったからだ。
 今国会でも、そのまま推移すると思われていたが、4月に入って情勢が変わった。昨年の協議で「今国会では、一定の結論を得る」と、両党幹事長が「合意」したことを盾に、与党が採決を求めてきたからだ。
これに対し、立憲民主党は突如として、「国は、この法律の施行後3年を目途に、追加の2項目をはじめとする投票人の投票に係る環境を整備するための事項及び国民投票運動等のための広告放送や、インターネット有料広告の制限、運動資金規制、インターネットの適正利用の確保を図るための方策その他の国民投票の公平及び公正を確保するための事項について検討を加え、必要な法制上の措置その他の措置を講ずる」とする「付則」を付け加える修正案を提出、自民・公明両党はこれを受け入れた。
 なんと、連休明け直後の5月6日、衆議院憲法審査会は直ちにこれを可決、5月11日には衆院本会議を通過させた。
 菅首相は5月3日のビデオメッセージで、7項目改正案について「憲法改正議論を進める最初の一歩として,成立を目指す」と公言したが、まさにその計画が進行中だ。

▼参院は衆院の「カーボンコピー」か? 審議もせずに「衆院の談合」を飲むのか?

 参院に送られた法案は、参院憲法審査会で,5月19日に趣旨説明、5月26日に自由討議,6月2日に参考人質疑が行われた。次回は6月9日が開催予定で、会期末を控え、「採決」強行も予想される。
 しかし、はっきりしているのは、衆院を通過した法案は、以前、参議院自身がつけた付帯決議について、全く考慮もされないまま、再び参院に送られてきたものだ、ということだ。
参議院憲法調査特別委員会は,2007年5月11日,改憲手続法について18項目にわたる附帯決議を行っている。(本稿末尾に掲載)
 ところがこの中には、「罰則について、構成要件の明確化を図るなどの観点から検討を加え、必要な法制上の措置も含めて検討すること」と平然と書くように、本来法律で書かなければならない「罰則違反の構成要件」がないなど、法律の欠陥を自ら認めた条項も含まれている。
 今回「改正」をするならば、そうした問題を抜きには論じられない。当時も「審議の手抜きと拙速を自ら告白」したものだ(水島朝穂早大教授「平和憲法のメッセージ」2007年5月21日「この附帯決議は立法史上の汚点」)との指摘があったが、 今回の議論も全くそれと変わらなかったという事実である。
 今回、参院の憲法審査会に参考人として招かれた飯島滋明名古屋学院大教授は「審議をみていて、参議院の先生方が『衆議院は何でこんなもの送ってくるんだ』といら立って、頭に来ているのが分かった。しっかり審議して、衆議院に反省を迫る意味で、何だこれは、と送り返すぐらいのこともやっていただければと思います」と述べたほど。要するに、このままでは使えない欠陥法をいじって「改正」したものに過ぎなかった。

▼「思想なく、経綸なき政治家」が国を滅ぼす…

 今回の問題は、「とにかく憲法審査会を動かせ」という自民党からの働き掛けに応じ、「今国会で結論を得る」と勝手に「約束」した立憲民主党執行部、「修正に応じて頂いて感謝する」とそれ以上の問題を指摘することなく、採決=成立を約束した執行部に大きな責任があることは間違いなさそうだ。「政治家の言葉は重い」と発言を大切にするのはいい。しかし、それも、民主主義社会である。独裁政党の指導者だって、政党なら、そこで決めた政策の範囲内での合意しか出来ないはずだ。
 まして、ここは審議できていないから「意義及び必要性の有無等について十分な検討を加え、適切な措置を講じるように」とか「禁止される行為と許容される行為を明確化するなど、その基準と表現を検討する」「必要な法制上の措置も含めて検討する」(いずれも、付帯決議)などという「宿題」つきの法律について、その内容をほったらかしにして、「つまみ食い改正」をして、それで了解するなどと言うことは普通の常識では、あり得ない。「人がいいから話し合いに応じて合意してしまった…」などお話にならない。
 戦後の日本が歩んできた「戦争をしない」という国のあり方、民主主義や人権や、それを守ろうとしていると信じさせてきた政党としての理念。…それを捨てようとする今回の「合意」は、参議院でどう説明されるのか?

 参議院で、附帯決議で検討を要求した各項目についての検討がされないまま,このままで改正案が「採決」されるとすれば、参議院そのものの存在意義を失わせるばかりでなく、立憲民主党の立ち位置も失わせかねない。
 立憲民主党は、その存在意義を改めて問われている。9日の審査会を含めて、動向を厳しくチェックしなければならない。
(了)

《付》

日本国憲法の改正手続に関する法律案に対する附帯決議
               平成十九年五月十一日
                    参議院日本国憲法に関する調査特別委員会
  1. 国民投票の対象・範囲については、憲法審査会において、その意義及び必要性の有無等について十分な検討を加え、適切な措置を講じるように努めること。
  2. 成年年齢に関する公職選挙法、民法等の関連法令については、十分に国民の意見を反映させて検討加えるとともに、本法施行までに必要な法制上の措置を完了するように努めること。
  3. 憲法改正原案の発議に当たり、内容に関する関連性の判断は、その判断基準を明らかにするとともに、外部有識者の意見も踏まえ、適切かつ慎重に行うこと。
  4. 国民投票の期日に関する議決について両院の議決の不一致が生じた場合の調整について必要な措置を講じること。
  5. 国会による発議の公示と中央選挙管理会による投票期日の告示は、同日の官報により実施できるよう努めること。
  6. 低投票率により憲法改正の正当性に疑義が生じないよう、憲法審査会において本法施行までに最低投票率制度の意義・是非について検討を加えること。
  7. 在外投票については、投票の機会が十分に保障されるよう、万全の措置を講じること。
  8. 国民投票広報協議会の運営に際しては、要旨の作成、賛成意見、反対意見の集約に当たり、外部有識者の知見等を活用し、客観性、正確性、中立性、公正性が確保されるように十分に留意すること。
  9. 国民投票公報は、発議後可能な限り早期に投票権者の元に確実に届くように配慮するとともに、国民の情報入手手段が多様化されている実態にかんがみ、公式サイトを設置するなど周知手段を工夫すること。
  10. 国民投票の結果告示においては、棄権の意思が明確に表示されるよう、白票の数も明示するものとすること。
  11. 公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の規制については、意見表明の自由、学問の自由、教育の自由等を侵害することとならないよう特に慎重な運用を図るとともに、禁止される行為と許容される行為を明確化するなど、その基準と表現を検討すること。
  12. 罰則について、構成要件の明確化を図るなどの観点から検討を加え、必要な法制上の措置も含めて検討すること。
  13. テレビ・ラジオの有料広告規制については、公平性を確保するためのメディア関係者の自主的な努力を尊重するとともに、本法施行までに必要な検討を加えること。
  14. 罰則の適用に当たっては、公職選挙運動の規制との峻別に留意するとともに、国民の憲法改正に関する意見表明・運動等が萎縮し制約されることのないよう慎重に運用すること。
  15. 憲法審査会においては、いわゆる凍結期間である三年間は、憲法調査会報告書等で指摘された課題等について十分な審査を行うこと。
  16. 憲法審査会における審査手続及び運営については、憲法改正原案の重要性にかんがみ、定足数や議決要件等を明定するとともに、その審議に当たっては、少数会派にも十分配慮すること。
  17. 憲法改正の重要性にかんがみ、憲法審査会においては、国民への情報提供に務め、また、国民の意見を反映するよう、公聴会の実施、請願審査の充実等に努めること。
  18. 合同審査会の開催に当たっては、衆参各院の独立性、自主性にかんがみ、各院の意思を十分尊重すること。
右決議する。
2021/05/25
やっと出た「五輪中止」の社説  信毎社説を評価する
<丸山 重威>
 信濃毎日新聞社は5月23日、東京オリンピック・パラリンピックを中止するよう政府に求める社説を掲載した。
 信毎の社説は、現在、他のメディアが、「反対」論「中止」論を載せながら、「社論」としては態度を明らかにしていない状況の下で、議論をまとめたもので、ハフィントンポストによれば、論説委員長は「ここ1、2カ月の間、論説委員の中で議論してきた。開催が迫ったいまのタイミングで出すべきだと判断した」と語ったという。
 私は、コロナ情勢の悪化が進む中で、オリンピックの開催は、とても無理だし、むしろ実施は大変な問題を引き起こす危険があり、誰の利益にもならないのではないか、と反対の主張(デモクラTV本会議など)をしてきた。それは、もしこのままオリンピックが強行されれば、どんな危険な事態が起きるかわからない状況であり、ジャーナリストとして「言うべきとき」に発言しないのは、責任放棄だと考えたからだった。
 私としては、日本のジャーナリズムの姿勢を示すためにも、新聞各社が同様の見解を明らかにすることを期待したい。

▼スポンサーだから書けない、はウソ

 新聞、放送各社は、それぞれ反対論があることは報じながら、社として「中止」を打ち出すことはせず、外部からは「スポンサーになっているから言わないのだろう」と、メディアの姿勢が取り沙汰されている。
 そんな広告がらみの場合、通常は広告・事業担当者から編集に「注文」がついて、報道との議論が問題になったりすることがあるが、今回の場合、広告スポンサーが記事にクレームを付けたり、報道について注文したりするのとは意味が違っている。つまり、オリンピックは、メディア自体が当然報道すべき社会的に大きな出来事だからだ。
 メディアに取り上げられることを目的として、イベントを作り、宣伝するものを「メディア・イベント」という。新製品だったり、主張だったり、メディアに取り上げられることを目的に記者会見をしたり、パレードをしたりするのは、このメディア・イベントの創造だが、オリンピックはその中で最大級のものである。つまり、オリンピック報道が垂れ流しなのは、単純にスポンサーだから、というより、メディア自体、「報道する」という立場でオリンピックに巻き込まれているからである。
 実際、在京各社を代表に、新聞もテレビもオリンピック・パラリンピックに報道本部を作り、体制を組んで、準備から反対運動を含めて、大きなニュースとして取り上げてきた。その結果、オリンピックにまつわる様々な動きは細大漏らさず報じながら、開催自体をチェックする機能を失い現在に至った、といえるだろう。
 では、そんな場合、メディアはそうしたイベント自体について「止めろ」と言えないものなのだろうか? 私はそんなことはないはずだ、と思う。むしろ、メディアには、そうした問題にこそ、きちんと発言する責任がある。 というより、そこでこそ発言しなければ、ジャーナリズムとしての責任は果たせない、と思う。
実際に、自社が主催するイベントであっても、高校野球や都市対抗野球やいろんな展覧会でも、問題が起きれば当然報道する。まして、東京オリンピック・パラリンピックが、社会的な問題として大きな報道課題になっていることを前提にすればするほど、開催をどうするか、については社会的問題であり、報道しなければならないテーマである。それこそ、「中立」「公正」な立場で発言しなければならないのだと思う。

▼「関東防空大演習を嗤う」の教訓

 信毎の社説、と言えばすぐ思いつくのが「関東防空大演習を嗤う」という社説だ。
 日本の言論史に名高いこの社説は、1933年(昭和8年)8月11日、信濃毎日新聞が掲載した。8月9日、東京を中心に関東一帯で行われた演習は、灯火管制を敷き、敵機の空襲に備えるというもの。まさに、軍部がメディアと民衆を巻き込んだイベントだった。これに対しこの社説は、①空襲があれば木造家屋の多い東京は焦土化する②空襲は何度も繰り返され、被害は関東大震災に及ぶ③灯火管制は「暗視装置」や「測位システム」などの近代技術の前に意味がないし、パニックを起こし有害だ―などを上げ軍部を批判。「敵機を関東の空に帝都の空に迎へ撃つといふことは、我軍の敗北そのものである」と論じた。 1933年、昭和8年と言えば、2年前の31年9月には柳条湖事件(満州事変)が起き、泥沼の戦争に突っ込んでいった。前年32年には「5・15事件」が起き犬養毅首相が暗殺されたし、同8年3月には日本は国際連盟を脱退した。軍部に批判的だった新聞も、柳条湖事件を契機に、軍部の行動を容認し、協力する方向へ大きく舵を切っていた。
 だからだろうか、社説の物言いは、正面から「反対」と言うより「ばかばかしい」と「嗤った」、事後の批判だった。しかも「反戦」ではなく、「要するに、航空戦は(中略)空撃したものの勝であり空撃されたものの敗である。だから、この空撃に先だって、これを撃退すること、これが防空戦の第一義でなくてはならない」という、「政策提言」である。
 しかし、軍部はこれも容認しなかった。在郷軍人会を通じて露骨に圧力をかけ、信濃毎日は不買運動を起こされ、筆者の桐生悠々は退社を余儀なくされた。

▼いま、ものを言わずに「ジャーナリズム」と言えるのか

 オリンピックを「軍部の暴走」-「戦争への足音」と単純に同一視していいのか、という問題はもちろんある。しかし、世の中の政治や指導者が、国民を引きずって「五輪強行」という危険な賭けに向かって突進し、メディアもその一翼を担っているとき、ものを言わないで流されていくのを放置していてジャーナリズムと言えるのか、と私は思う。
 確かに、多くのメディアは「中止」論を紹介し、解説やコラムで、その趣旨を述べている。しかし、「社論」にしていないのは、前述の通りである。
 新聞、報道の役割は、世の中で起きていることを素早く伝え、ひとびとが正しい判断を下せるように、行動の指針を示すことである。
 「オリンピックはたいしたことではない」という見方があるかもしれない。しかし、世界のさまざまな問題についても発言している日本のメディアが、「コロナ禍の五輪」についてだけ沈黙するのはむしろ異常である。
 「台湾危機は何とか話し合いで」と同様、「安全な五輪であるべきだ」というのは誰でも言える。問題は、「戦争参加は絶対するな」というか言わないか、「危険な五輪はやめるべきだ」と言うか言わないか、だ。それがジャーナリズムの責任である。

【資料:信濃毎日新聞の「五輪中止」社説】

〈社説〉東京五輪・パラ大会 政府は中止を決断せよ
2021/05/23 09:18 長野県 論説 社説
 不安と緊張が覆う祭典を、ことほぐ気にはなれない。
 新型コロナウイルスの変異株が広がる。緊急事態宣言は10都道府県に、まん延防止等重点措置も8県に発令されている。
 病床が不足し、適切な治療を受けられずに亡くなる人が後を絶たない。医療従事者に過重な負担がかかり、経済的に追い詰められて自ら命を絶つ人がいる。
 7月23日の五輪開幕までに、感染状況が落ち着いたとしても、持てる資源は次の波への備えに充てなければならない。
 東京五輪・パラリンピックの両大会は中止すべきだ。
■崩壊する医療体制■
 今年1月以降、緊急事態宣言が出た14都道府県で、療養中や入院待機中に死亡した人は少なくとも78人に上る―。共同通信が今月17日時点の状況を集計した。
 12日現在の自宅療養者は全国で3万4537人を数える。医療機関以外で亡くなる事例を、政府は把握しきれていない。
 医療体制の逼迫(ひっぱく)は、8割を占める民間病院が感染者を受け入れないからだ、と指摘される。それは国が医療費の抑制を目的に政策誘導し、感染症の指定病院や病床を減らしてきた結果だ。
 民間の医療機関と役割を分担し自宅療養から入院まで、容体の変化に即応できる態勢構築に、急ぎ取り組まなくてはならない。
 ワクチン接種の足取りは鈍い。予防効果が高まるとされる「集団免疫」の獲得はおろか、開幕の時期までに高齢者への接種を終えるめども立っていない。
 この状況で政府は、五輪・パラのコロナ対策を打ち出した。選手の健康状態や行動履歴を管理する「保健衛生支援拠点」を都内に設置。選手村には、24時間運営の発熱外来、検査機関を置く。
 1万5千人の選手には毎日、8万人近くを見込む大会関係者にも定期的に検査を実施する。両大会を通じて延べ7千人の医療従事者を確保し、30カ所の大会指定病院も整備するという。
■開く意義はどこに■
 国際オリンピック委員会(IOC)は6日、米国のファイザー製ワクチンが、各国の選手団に無償提供されると発表した。
 菅義偉政権は地域医療への影響を否定するけれど、医療従事者を集められるなら、不足する地域に派遣すべきではないのか。検査も満足に受けられない国民が「五輪選手は特権階級なのか」と、憤るのも無理はない。
 東京大会組織委員会などは既に海外からの観客の受け入れを断念した。選手との交流事業や事前合宿を諦めた自治体も多い。各国から集う人々が互いに理解を深め、平和推進に貢献する五輪の意義はしぼみつつある。
 感染対策の確認を兼ねた各競技のテスト大会は、無観客だったり海外選手が出場しなかったりと、本番を想定したとは言い難い。五輪予選への選手団派遣を見送った国もある。「公平な大会にならない」と訴える選手がいる。
 「厳しい状況だからこそ、人々をつなぐ大会には意味がある」とIOC委員は言う。海外でも高まる五輪懐疑論を打ち消そうとするのは、収入の7割を占める巨額の放送権料が懸かっているから、と見る向きは強い。
 責任や求心力の低下を避けるためか、菅政権も政治の都合を最優先し、開催に突き進む。日本側から中止を求めれば、IOCやスポンサー企業から賠償を要求される可能性があるとも言われる。
■分断生じる恐れも■
 コンパクト五輪、復興五輪、完全な形での開催、人類が新型コロナに打ち勝った証し…。安倍晋三前首相と菅首相らが強調してきたフレーズは、いずれもかけ声倒れに終わっている。
 「国民みんなの五輪」をうたいながら、当初の倍以上に膨らんだ1兆6440億円の開催費用の詳細を伏せている。大会に伴うインフラ整備が、人口減少社会を迎える国の首都構想に、どう生きるのかもはっきりしない。
 組織委の森喜朗前会長の女性蔑視発言に、国内外の猛烈な批判が集中した。東京大会の、あるいは五輪自体がはらむ数々のゆがみへの不信が凝縮したのだろう。
 菅首相は大会を「世界の団結の象徴」とする、別の“理念”を持ち出した。何のための、誰のための大会かが見えない。反対の世論は収まらず、賛否は選手間でも割れている。開催に踏み切れば、分断を招きかねない。
 再延期には、他の国際大会との日程調整に加え、競技会場や選手村、スタッフの確保など、さまざまな困難が伴い、費用もさらにかさむ。何より、再延期して安全に開ける確証はない。
 国会で首相は「IOCは既に開催を決定している」と、人ごとのように述べていた。感染力の強いインド変異株がアジアで猛威をふるい始めている。コロナ対応を最優先し、出口戦略を描くこと。国民の命と暮らしを守る決断が、日本政府に求められる。
(了)
2021/05/03
これでいいのか、75回目の憲法記念日の風景
酒もダメ、ネオンもダメ、憲法学者もダメ、…自粛警察とオリパラ特攻作戦
これでいいのか、75回目の憲法記念日の風景
<丸山 重威>
 1947年5月3日、「国民主権」「非戦非武装」「基本的人権の尊重」の日本国憲法が施行されてから、丸74年を迎えたことしの5月3日、コロナ渦の中で迎えた2回目の憲法記念日だ。この間、私たちはすべての「戦争」には協力しないという誓いを守ることはできなかったが、憲法9条をひとつのタテに、とにかく、戦争の当事者になることは防いできた。
 しかし、米国の世界戦略に盲従し、かつての中央集権国家の幻想を夢見る安倍内閣のもとで、集団的自衛権の容認や、自衛隊の海外派遣が始まる中で、秘密保護法の成立、共謀罪の新設、安保法制=戦争法の成立と続いた国内体制のファッショ的再編は、新型コロナウイルス感染症を口実にした、自由な社会の管理、統制強化に走りつつある。

 大きな問題ではないように見える、いくつかの出来事…。憲法の基本的人権、思想、信条、行動の自由や、営業の自由に関わる問題だ。こんな日本で良いわけがない。ちょっと考え、おかしくないか? 75回目の憲法記念日に考えたい。 

・なぜ、「酒はダメ」なのか

 3回目の非常事態宣言で、飲食店については、昼間も酒の提供ができなくなった。酒を提供する飲食店も、時間短縮だけでなく、昼間の酒の供給もできない。第3波か、第4波か、感染がまた増えてきたとき、店を閉め出された客が街路で酒盛りをしたりしたことが報じられた。閉店後の飲酒客が店を困らせていることの報道もあった。
 しかし、それが感染クラスターを引き起こしたという実例も伝えられてはいないし、仮にあったとしてもそれは「酒」が問題なのではない。かつて米国で、「飲酒のせいで健康被害や治安悪化・暴力事件が増えている」という清教徒的運動から禁酒法が生まれたが、密造や買いだめで稼いだギャングが大きくなっただけだった、といわれた100年前の経験もある。何の証拠もなく、禁止する発想は一体どこから来るのだろうか。

・消灯要請、ネオン消灯にどんな意味があるのか

 何の根拠もないのは、「夜の街のネオンは消していただきたい」という小池知事の「灯火管制」まがいの要請である。屋外のネオン看板、イルミネーション、点本照明など午後八時以降、防犯上必要なものをのぞいて落とすように、と呼び掛けた。「夜道が暗くなって、帰宅する女性が危なくなるだけ」という声も消され、実際に街が暗くなった。
 消灯要請で連想させられるのは、戦時中の灯火管制。家では電灯に黒い幕を掛けて、外に光が漏れないようにした。巡回してきた隣組の役員の目が怖かった、とも伝えられている。だが、この苦心の空襲防止策も、レーダーで攻撃目標を決めた米軍機には何の意味もなかったことがわかっている。結局、人々を国家に従わせ、国民に互いを監視させることに意味があった、と評価される。東京新聞によれば、今回も都の担当、都市整備局開発企画課の課長は、「科学的データはない」とあっさり認めたという。

・憲法学者はなぜ、講演者にふさわしくないのか

 4月30日付東京新聞は、神奈川県鎌倉市が市と実行委員会による2018年の「憲法記念日のつどい」で、講師に推薦された憲法学者の東京都立大教授(当時、首都大学東京教授)・木村草太氏が「憲法9条にも言及する懸念があり、行政の中立性を損なう」との趣旨で拒否された、と大きく報じた。
 18年の集会というから3年前のことで、ちょうど安倍首相が17年5月の憲法記念日に「9条に自衛隊を明記する改正をしたい」と提起したあと。何とそれまでは市と市民による実行委員会の共催だったのが、企画、運営は実行委員会にやらせ、主催は市に、と変更した中でのこと。カネを抑えて、講師の人選や内容に注文を付ける。市民の側は、全部なくされるより、妥協してでも集会を開きたい、とあきらめ、結果として国や行政に批判的な講師は排除される。
 学術会議問題で分かってきたのは、政府に批判的な言動があった人物はどんな業績がある学者でも排除される、といういまの日本の「学問の自由」の実態だった。自治体でも同様、憲法記念日だけでなく、他の自治体でも同様の問題が起きている。東京・調布市の夏の「平和の集い」では、「原発の問題に触れないこと」と条件が付けられ、実行委員会の市民は市当局にあぶらをしぼられた。

・寄席はどうして閉鎖を強要されるのか

 緊急事態宣言後も客数を減らして興業を続けてきた、東京都内の4つの寄席(鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場)が1日から休業に入った。ところが、この休業、何と「無観客開催」を求める都の休業要請に抗しきれなかった「スガ圧力」のためだ、と3日付(発行は1日)の「日刊ゲンダイ」が報じている。
 超党派の落語議員連盟の小泉進次郎氏に相談しても「いまは逆らわないほうが良い」との判断だったそうで、官邸が文化庁に説得を求め、助成金を受けている落語協会、落語芸術協会に圧力がかかって決まった、という。
 NHKの朝ドラ「おちょやん」では、戦時にも笑いを絶やさなかった芸人たちの苦難が描かれたが、どうしてそこまで…? と考えると、結局、統制、管理を徹底したいという、根拠はないまま、空気を作ってしまう政府・官邸の政治手法だ。

・「自粛警察」と「オリパラ特攻隊」、強まる管理・統制

 この1年数か月の間、国民の頭を支配してきたのは「自粛警察」と、オリンピックとパラリンピック。補償のカネは入らないのに、回ってきた「自粛警察」の怖さ。そして、何があっても突き進む、インバール作戦さながらの「オリンピック・パラリンピック特攻作戦」の無謀さ。「オリ・パラ特攻」にはバッハIOC会長も乗って「日本人の不屈の精神はこれを乗り越えて大会を成功させるだろう」などと無責任なことをいっている。
 日本国憲法の素晴らしさは、世界の平和、人類の幸福を求めて、国際的な視野を持ち、戦争違法化の歴史に乗った展望で書かれていることだ。
 憲法記念日、それを改めて思い返し、すべて身近な問題も憲法問題に引きつけ考えてみよう。それが、いま改めて問われている。
2021/03/18
東北新社問題 スガ総理長男の影響は?
仲築間卓蔵
仲築間卓蔵
そもそも東北新社問題とは・・・東北新社の外資規制違反問題。
 放送法=外資による支配を防ぐ目的で基幹放送事業者の外資比率を20%に制限。
 しかし、東北新社は2017年1月、当時外資比率が20.75%だったにもかかわらずBSチャンネル「ザ・シネマ」4Kの認定を受けていた。
 その背景に東北新社と監督官庁である総務省とのズブズブの関係が明らかになったが、東北新社は「総務省に相談した」といい、総務省側は「そんな覚えはない」と。

●スガ総理の長男正剛氏とは
2006年~7年 スガ総務大臣時代に大臣秘書官
2008年    東北新社に入社
2014年    第2編成企画部長に昇進

●放送法違反に関しての中島信也社長の国会証言
「担当者と確認したが(当社の)木田由紀夫氏が総務省の鈴木信也総務課長に面談したのは事実だと報告を受けました」

●立憲民主党の後藤祐一衆議院議員の予算委員会での質問
「それでは鈴木、当時情報流通行政局総務課長で今は電波部長に伺います」

●これに対して鈴木氏の長々とした答弁
「当時、情報流通行政局総務課長へ移動した直後でございまして、多くの方々がご挨拶にこられていたので木田氏も来られていたかもしれませんが、外資規制法違反のような重要な話を聞いていたら覚えているはずでありまして、このような報告を受けたという記憶は全くございません。ただ、ご挨拶には当時いろいろな方が来られまして、4年前でございますので誰がそのときご挨拶に来られたか、事細かに記憶がございません。会ったか合わないかの記録も残っておりませんし、記憶にございません」

●東北新社による総務省接待
2016年7月~2020年12月 総務省幹部ら13人接待。計39回。
                 そのうち21件に正剛氏が同席。

●テレビ朝日の『ワイドスクランブル』によれば、利害関係者との「1万円」を超える飲食の件数(2017年~19年度)
                     経済産業省 296件
                     農林水産省 254件
                     厚生労働省  93件
                     国土交通省  84件
                     総務省     1件
他省庁からは「届け出ができないのは接待が多いからではないのか」との声もあるといいます。

●東北新社の事業認定と接待の関係は
2016年7月        ―――――⇒ 2017年1月
 吉田真人総務審議官(当時官房審議官)らと  「ザ・シネマ」4Kの認定
 6回会食
 ――――――――――――――――――――――――――――――――
2018年5月        ―――――⇒ 2018年5月
 山田真貴子氏(当時総務審議官)らと     「囲碁将棋チャンネル」の
 33回会食                  CS放送業務継続認定
               ―――――⇒ 2020年12月

「スターチャンネル」のBS放送業務認定更新
総務省の有識者会議は、衛星放送協会が要望する衛星料金の負担軽減の報告書案をまとめる。

●Dr.ナイフさんのツイート
 籠池氏「総理から100万円もらった」
 アベ 「渡してない」
 アベ 「前夜祭の明細書ない」
 ホテル「ある」
 東北新社 「総務省職員に報告した」
 総務省役人「聞いてない」

政治を変えるしかありませんねえ。(仲)

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