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2022/05/25
「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を読む
     経済評論家   熊澤 通夫

はじめに 戦争する国へ~GDP比2%以上(自民党提言)

 岸田首相はこの3月はじめの記者会見で「ウクライナの情勢が防衛予算や国家安全保障戦略の見直しにどのような影響を与えるか」という質問に「防衛力を抜本的に強化していくことを考えていかなければならない。こういった姿勢で国家安全保障戦略など安全保障戦略など安全保障に関する文書の策定に向け議論を深め、体制を整えていきたい」 と答えている。
すでに今年夏の自民党参議院選挙公約で防衛費の「倍増以上」をうたいつつ、年末にわが国安全保障政策の基本方針と軍事力整備の具体的方針を定めた「防衛三文書 」を改め、2023年度以後の各年度予算で画期的な軍事費増加の実現を目めざしている。
 その内容を参院選前にうかがうには、自由民主党が防衛三文書改訂に向けて政府にあてた「提言」(「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」2022年4月26日。以下、「自民党提言」という)を分析することが適当であろう。
「自民党提言」特徴の一。わが国が、脅威である中国、北朝鮮、ロシアに対抗するため、画期的な軍備拡張を行う姿勢を明らかにしたこと。
特徴の第二。このため東太平洋地域の安全保障を、東南アジア諸国連合等アジア諸国との協調による平和維持の構築に求めるのではなく、インド・太平洋地域を中心に、日米同盟の一層の強化を基軸としつつ、価値観を同じくする「同志国」との軍事協力関係の強化・軍事ブロック化を進めようとしていること。
特徴の第三。したがって日本国憲法前文と憲法第9条で定めている平和国家の理念を放棄し、その具体的保障となる専守防衛・先制攻撃の禁止、非核三原則、武器輸出の規制、防衛関係費の対GDP比1%という上限枠の廃止・変質を目指していること。
特徴の第四。このため軍事費を、NATO基準(対GDP比2%以上)を目途として抜本的増額を行うこと。
以下、この章ではその主な具体的内容について「自民党提言」の抜き書き(以下、カギ括弧内は「自民党提言」)から見ていくこととしよう。

1.「対立の最前線」に立つ日本

 アメリカは、中国を自国の覇権に対する今世紀最大の挑戦国家と位置づけ、戦後最悪の関係にあり、同盟国、友好国に協力を要求している。
「自民党提言」は、日米軍事同盟を基軸とするわが国の位置を米・中新冷戦の「対立の最前線に立たされている」としつつ、「脅威」を強調する以下のような情勢認識を示している。
(1)
中国
急増する軍事費と軍事力の近代化や、台湾の武力統一、尖閣列島周辺海域の侵入等の力による現状変更の試みにみられる「中国の軍事動向などは、わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の重大な脅威」
(2)
北朝鮮
 「核兵器とミサイル技術の開発に注力しており」、わが国の安全保障との関連で「より差し迫った脅威」
(3)
ウクライナ侵攻などロシア
「わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の重大な脅威」

すなわちこの情勢分析は、戦後の国際秩序を否定し、民主主義に敵対する核武装した三か国と対峙する日本という位置づけになり、軍事費急膨張の必要性を説く導入部になっている。

2.防衛関係費全体の抜本的増額

現在、わが国が置かれている「かつてなく厳しい安全保障環境に対処」するには「防衛力の抜本的強化は一刻の猶予も許されない」とし、以下のような例示をし、「防衛関係費全体の抜本的な増加を強調している。
(1)
従来の正面装備品充実に加えて弾薬の確保等継戦能力の維持・強化
(2)
陸・海・空の統合運用強化のための情報通信ネットワークの整備
(3)
弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力などの新たな能力の保有
(4)
AI、無人機、量子技術等の先端技術、サイバー・宇宙等の新領域分野に関する取り組みや研究開発
(5)
優秀な自衛隊員を確保するため宿舎の近代化等
 「こうした様々な取り組みを今から確実に積み上げ、将来にわたりわが国を守り抜く防衛力を構築するという、わが国防衛上、最も重要な目標は、防衛関係費全体の大幅増額なしに達成することはできない」と結論づける。
くわえてロシアによるウクライナ侵攻を契機としたNATO諸国における軍拡の動きをとらえ、「一国では自国の安全を守ることは出来ない時代」であり、「自国を守る覚悟のない国を助ける国はなく、わが国として、自国防衛の国家意思をしっかりと表明することは、同盟国である米国のコミットメントを更に強固にするものである」と説くのである。

3.GDP比2%以上を目途に

 こうして防衛関係費倍増論が登場する。「自民党提言」はいう。したがって、わが国の軍事費はNATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、わが国としても、5年以内に防衛力を抜本的に強化するために必要な予算水準の達成を目指すこととする」。「なお、新たな防衛力整備計画の初年度に当たる令和5年度予算においても・・必要な経費を確保するものとする」
 ちなみにわが国の軍事費の額は、6.9兆円程度、対GDP比1.24%程度(2021年度)。対GDP比2%の場合は11.2兆円(NATO基準を参考にした財務省試算 )だから、国民1人当たりの負担額は1.24%の場合、約55,000円程度。2%になると1.6倍以上の89,000円程度になる。
 
4.限りない軍事優勢・軍備拡張へ~戦い方の変化への対応~

ところで管見するところだが、「2%以上」の「以上」をはずして「2%」が軍事費増加の上限となる報道や解説を見聞きするが、それは誤りである。
日米軍事同盟を基軸とし、拡大抑止論の上に組み立てられたわが国の安全保障政策の下で、中国、北朝鮮、ロシアを相手とする軍拡競争に積極的に参加するのだから、相互の軍拡競争によって、軍事費の増加は歯止めのきかないものとなる。それは「自民党提言」が「2%以上」の防衛費増加を記した後につづいている「戦い方の変化」等の記述から読み取ることができる。重要な点に限って見ておこう。
一つは相手国に対して軍事的優勢を保つための絶え間のない「軍拡の必要性」である。
「自民党提言」は、AI、無人機、量子技術を使った「急速な技術革新」による「新しい戦い方」に対応する軍事の「能力強化、態勢構築が不可欠」になっていて、そのため不断に組織の見直しと装備品の更新を求め、このためAI、無人機、量子技術等の先端技術について「わが国としても産学官一体となって先端技術の研究開発に重点的に投資するとともに、わが国特有の【戦い方】を知る民間企業各社の防衛部門(防衛産業)が社内民生部門やスタートアップ等の技術を結集し、国産装備品を早期に実現する仕組みを構築する。特に、防衛省が、防衛産業から最先端民生部門を用いたシステム等の提案を受け、需要案件を特定した上で早期装備化に向け、前例にとらわれない抜本的施策を行う取組をさらに促進する」という。
二つは専守防衛の否定である。
「自民党提言」で「反撃能力」と言葉を変えた敵基地反撃能力について「弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処する。反撃能力の対象範囲は、相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等も含むものとする」。つづけて「このため、スタンド・オフ防衛能力や衛星コンステレーション・無人機等による追尾を含むISR能力、さらには宇宙、サイバー、電磁波領域における相手方の一連の指揮統制機能の発揮を妨げる能力や、デコイをはじめとする欺瞞・欺騙といったノンキネティックな能力等の関連能力を併せて強化する」。したがってこれまで政府が説明してきた専守防衛のための必要最小限の自衛力の具体的限度は「その時々の国際情勢や科学技術等の諸条件を考慮し、決せられるもの」と空文化した。
三つ目は国内軍事産業の強化と防衛装備移転三原則の運用見直しである。
「防衛生産・技術基盤は、これまでの【防衛力を支える重要な要素】との位置づけにとどまらず、もはや【防衛力そのもの】である」。「国はその維持・強化のため、契約関係を超えて、法整備も含め、より踏み込んだ取組を実施すべきである」。「【防衛力そのもの】の担い手たる防衛産業が適正な利益を継続的に確保することは必要不可欠である。このためには、防衛装備品の取得に際して、国内基盤の劣化の傾向を改善し、わが国の自律性の確保及び不可欠性の獲得を実現する」。「防衛生産・技術基盤に対して重点的に投資及び支援を行っていく」。と国内軍事産業を強化していくとした後、それと関連して「その際、とくに部品を含む防衛装備移転に積極的に取り組む」と武器輸出重視の方針を示し、以下のように言葉を継いでいる。
防衛装備移転は「同志国等の防衛力を強化する」とともに「わが国防衛産業基盤の維持・強化につながる」ことから「最近のウクライナへの移転に係る前例も踏まえ、・・・政府が司令塔としての役割を果たす。そのため防衛装備移転三原則や運用指針をはじめとする制度を見直すとともに、企業支援等を強化する」。
四つ目は国内の戦時体制整備である。
「戦争する国」への変質は、相手国からの攻撃を予測せざるを得ない。そのため自民党提言は「国民保護の一層の強化」について以下のように記述し、核戦争に加わる可能性さえ考慮に入れた非常時体制整備を求めている。
・「とりわけ原子力発電所の警備について、自衛隊による対処が可能になるように、警備出動を含め法定な検討を行う」。
・「武力攻撃災害を含む各種災害における、国民保護の体制を強化する。その際・「政府として、住民の避難・誘導の体制の在り方を検討する」。
・「特に南西地域を含む離島等の空港・港湾の整備が喫緊の課題である」。
・「核攻撃等から国民を守るため、政府全体として、既存の地下施設を中心に、CBRN(化学、生物、ラジウム、核)に対する防護の役割を果たすシェルター整備について調査・評価の上、整備を行う」並行して、フィルター等の空気清浄機の付与や食料等の備蓄に関する整備を行うとともに、補助金制度等の検討を行う」。

このように「自民党提言」が示した軍事費の増加は、軍事産業育成強化まで含んでいて、歯止めの効かないものであるとともに、核戦争に巻き込まれる事態さえ予測する「戦争計画書」である。

(注) 1:記者会見 2022年3月3日。朝日新聞2022.3.4による
   2:おおむね10年間程度の期間を念頭においた外交政策及び防衛政策を中心とした国家安全保障戦略(2013年12月17日閣議決定)、おおむね10年間程度の期間を念頭においた防衛力の在り方と保有すべき防衛力の水準を規定した「防衛計画の大綱」(2018年12月18日閣議決定)、『5か年間の防衛力の整備数量と経費の総額を明示する「中期防衛力整備計画」(2018年12月18日閣議決定)の三文書をいう。
    3:財政制度審議会財政分科会歳出改革部会資料 財務省。2022年度4月
2022/02/03
サイバー警察局の新設とサイバー特別捜査隊設置は、国家警察の復活だ!
<関東学院大学名誉教授 足立 昌勝>

1 突然の表明
 昨年の6月24日、国家公安委員会後に開催された記者会見で、突如、小此木八郎委員長(当時)と松本光弘警察庁長官(当時)は、「サイバー事案への対処能力の強化を図る」ため、「警察庁にサイバー局を設置」し、「一定のサイバー事案について捜査を行うための組織(直轄隊)を設置」することを明らかにした。
その理由は、「国家の関与が疑われるなどの事案で他国との共同捜査を実施。都道府県の枠組みを超えた広域的な被害が発生している事案や、高度な技術力・知見が必要な事案など」に対処するためであるという。
 直轄隊は、警察庁の地方機関である関東管区警察局に置かれるという。これでは、地方機関とはいえ、警察庁が自らサイバー事案を捜査することとなり、捜査は都道府県警が担うという、戦後警察の原点に抵触するものである。
 この構想は、翌25日と26日にかけて、各マスコミで取り上げられた。
 このことについては、筆者は、「警察庁のサイバー局・直轄隊創設は国家警察の再来-権限のさらなる拡大、監視機能が強まる危険-」週刊金曜日1339号(7月30日号)と「警察が目指す『戦前回帰』-『サイバー犯罪』を大義名分に権限拡大-」紙の爆弾9月号で、厳しく批判した。

2 サイバー攻撃特別捜査隊の設置
サイバー犯罪に対しては、警察庁は、2013年にサイバー攻撃特別捜査隊を13都道府県警察(北海道、宮城、茨城、埼玉、東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫、広島、香川、福岡)に設置し、18年には千葉県警を追加し、現在では、14都道府県警察に設置されている。
警察庁は、このサイバー攻撃特別捜査隊の活動やその成果についての総括をすることなく、サイバー局の新設とサイバー直轄隊の設置をぶち上げた。

3 改正法案の批判的検討
1) 概要
この流れを受け、2022年1月27日の閣議で、「警察法の一部を改正する法律案」が決定され、28日に衆議院に送付されたが、1月3日時点では、委員会への付託はされていない。
しかし、警察庁は、その施行日を4月1日としていることから、2月下旬から3月上旬には衆議院を通過させ、3月下旬には参議院で可決・成立させる目論見だと思われる。

2) 警察法改正法案の構造と批判的検討
・ 国家公安委員会
5条4項4号で、国家公安委員会の任務及び所掌事務として「重大サイバー事案」を規定。
同項16号で、「重大サイバー事案に係る犯罪の捜査その他の重大サイバー事案に対処するための警察の活動に関すること」と規定し、公安委員会の任務・所掌事務として犯罪捜査を認めている。
⇒国家公安委員会及び警察庁は、従来、犯罪捜査を認めていなかった。これは、戦後改革で国家警察が否定され、地方警察が警察活動を行うこととしたことに由来している。
 ところが、今回の改正で、16号を設け、犯罪捜査を認めている。
 これは、戦後改革で否定されて国家警察の復活であるが、それについての納得できる説明はなされていない。
 このような規定ぶりを許してしまえば、今後、他の所掌事務についても警察活動を認めることへの道筋を作ったことになるであろう。

・ 警察庁内部部局
 19条で、警察庁の内部部局として、「サイバー警察局」の設置。
 25条で、サイバー警察局の所掌事務を規定し、「サイバー事案に関する警察に関すること」を認めた。
⇒当初の「サイバー局」から「サイバー警察局」に名称変更したことに特徴的に表れているのは、この局では、警察活動を行うということを鮮明にしたことであろう。他の4つの局には、「警察」の名称を使っていない。

・ 警察庁地方機関
 30条の2で、5条4項16号に規定する「警察活動」を関東管区警察局に分掌させた。
 その管轄区域を全国とし、一元管理させた。
⇒関東管区警察局に全国的規模での、重大サイバー事案に対する警察活動を認めたことも、国家警察の復活の象徴である。
 地方機関である管区警察局は、一切の警察活動は認められていない。これを認めてしまえば、警察庁の管轄下にある期間が警察活動を行うことになり、警察庁そのものが警察活動を行ったことと同視できる。まさに国家警察の復活である。

・ 都道府県警察
 61条の3で、重大サイバー事案での警察庁と各都道府県警察の共同処理を認め、長官の任命した者に、その指揮を委ねた。

3) 総合的批判
 今回の改正は、国家警察を復権させるものであり、絶対に認めることはできない。
 立法理由として、「最近におけるサイバーセキュリティに対する脅威の深刻化に鑑み、国家公安委員会及び警察庁の所掌事務に重大サイバー事案に対処するための警察の活動に関する事務等を追加する」としている。
 そのうち、大きな根拠とされているものは、国際連携の必要性であろう。これは、何も警察庁に警察活動を認めなくてもできることであり、立法理由にはならない。例としては、国際的に組織犯罪の取組について、警察庁は国際協力を吸いしているが、それについての警察活動は認められていない。
 また、その他の理由・背景としても、警察庁が担当しなければならない理由とはならない。現在実施されているサイバー攻撃特別捜査隊にその任務を委ねれば十分ではないか。このサイバー攻撃特別捜査隊の活動を総括し、何が不足なのかを明らかにすることこそが先決課題である。

2021/06/28
「懸念」は問題で「名誉総裁」は問題ではないのか
   天皇の「政治利用」と「政治的発言」  ──宮内庁長官「拝察」批判を考える
<丸山 重威>

 宮内庁の西村泰彦長官が24日の記者会見で、陛下は「開催が感染拡大につながらないかご懸念されていると拝察される」と述べたことが問題にされている。
 菅義偉首相は「長官ご本人の見解」、加藤勝信官房長官は「憲法との関係で問題があるとは考えていない」(26日毎日)と述べたが、共産党の志位和夫委員長は「憲法で天皇は政治に関わらないことになっている。きちんと守ることが必要だ」とし、社民党も「象徴天皇制を揺るがす大変問題のある発言」と公式ツイッターで述べた(同朝日)という。
 しかし、私はこれを「政治的発言」で問題だ、とするなら、天皇がこの期に及んでまで、東京五輪・パラリンピックの名誉総裁であり続けることを問題にしないことの方がおかしいのではないか、と思う。
 「象徴天皇制」とはどういうものかについては、明人上皇が天皇だった平成時代もずっと考えられてきたことだ。さまざまな行事への出席や、「名誉総裁」への就任も、それなりに検討され、「黙認」されてきた。
オリンピックについても、前回の東京五輪でも、昭和天皇は「名誉総裁」で、「開会宣言」をした。問題にはされなかったが、「天皇の政治利用」だったのは間違いがない。そしていま、国民の反対を押して、非人道的な五輪・パラリンピックが実行されようとするのに、天皇はここでも「名誉総裁」とされている。その「名誉総裁」がコロナに「懸念」を持ったことだけを批判するのは、不公平としかいいようがない。
  ×              ×
 確かに日本国憲法は、「天皇はこの憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」(第4条)とし、この国事行為は第7条に列挙されている。そして、植樹祭や国民体育大会、戦没者慰霊式などへの出席や、「おことば」を述べる行為をどう考えるかは、憲法学者の中でも意見が分かれているが、第7条の「国事行為」でないことは明確で、オリンピックの名誉総裁になり、開会を宣言するのは、「公的行為」だとしても、憲法に基づかない、いわば「私人」としての行為だろう。(天皇にこの「私人」としての立場を認めるかどうかは、天皇の「人権」「人格権」を含め、議論があろう)
 しかしこの発言、当然ながら、外国からは、国政に権能がない皇室も心配している、という文脈で報道された。ワシントンポストは24日、この発言を「五輪に重大な不信任票」との見出し(26日毎日)で伝えた。
 原文に当たると、ポストは、天皇に政治的権力がないことも報じながら、「彼の警告は重みを持っており、政府とIOCを困らせるだろうが、7月23日開催にこだわる主催者の心変わりを誘うには遅すぎた」(His warning will embarrass the government and the International Olympic Committee, but it has come too late to cause a change of heart among organizers, who are determined to start the Games on July 23 after a one-year delay because of the pandemic.)と評している。これが普通の見方である。
 やっぱり、これを、「天皇の発言」と認めず、知らん顔を決め込むのは、「あまりにも不敬ではないか」(NEWSポストセブン)と言わないまでも異常である。
  ×              ×
 元文科次官の前川喜平氏(現代教育行政研究会代表)は、27日付東京新聞「本音のコラム」で、「天皇だって人間だから五輪による感染拡大を心配するのは当然」「『公的行為』も常に政府の言う通りにならなくてもいい。少なくとも拒否権は認めるべきだろう」とし、「いまの天皇には、五輪の開会式に行きたくないなら行かなくてもいいですよと申し上げたい」と書いた。
 5月30日の植樹祭の天皇出席はリモートだった。 どうしても天皇に出席を求めるなら、五輪開会宣言もリモートで、というのが国民の気持ちに添っているのかもしれない。
(了)
2021/06/08
どさくさ紛れ、欠陥だらけの「改憲手続法」を通すな
 与党は6月9日にも採決を画策、参院・立憲民主党は忠実に責任を果たせ
<丸山 重威>

 コロナ禍が深刻になる一方、オリンピックの実施が焦点になっている国会で、こっそり「欠陥だらけ」「議論抜き」の「改憲手続き法」(国民投票法」の「改正」が、どさくさ紛れに成立しそうになっている。
 下村博文政調会長は「コロナはチャンス」と言い、菅義偉首相は「憲法改正の第一歩」と言った改憲手続き法。果たして、メディアもろくに取り上げないまま、麻生副総理がかつて言った通り、「ナチスに学んで、知らないうちに変わっていたように…」の言葉通り、衆議院をこっそり通し、参議院でも9日の採決強行を狙っている。
 かつての参院自身が付帯決議で指摘した問題点も忘れ、参院憲法審査会は、やっぱり衆院のカーボンコピーでしかないのか、ここで立ち止まって、参院の「知性」と「良識」を見せられるか? 改憲問題を離れても問われている。

▼「公選法並み」が売り物の欠陥法案、「修正談合」で衆院通過

問題の「改憲手続法」は、正式には「日本国憲法の改正手続に関する法律」。2006年(平成18年)第164通常国会に、自民・公明の与党が「日本国憲法の改正手続に関する法律案」を提出、民主党も対案として、「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」を出し、与党はこの両案を併合した形の修正案をまとめた。
 衆議院憲法調査特別委員会は2007年(平成19年)4月12日、同本会議は4月13日に可決、参議院に送られた。参議院でも5月11日、参議院憲法調査特別委員会で可決、5月14日、参議院本会議で可決され、成立した。参議院憲法調査特別委員会はこの際、18項目にわたる附帯決議を行っている。法律は、5月18日公布、一部を除き3年後の2010年5月18日から施行された。
 ところが与党は、今回の「7項目改正案」は,附帯決議で検討を求めた、①最低投票率の問題,②公務員・教職員の国民投票運動の問題,③テレビ・ラジオの有料広告規制の問題等についての検討はまいまま、公職選挙法と同様の規定に7項目揃えるだけの内容で、制定時から改憲手続法が抱えている問題点が解消されることにはならなかった。
このため、この「改正案」は、提出後、8つの国会で討議されないまま、今日に至った。憲法改正のための手続き法を議論するための基本的な条件すらなかったからだ。
 今国会でも、そのまま推移すると思われていたが、4月に入って情勢が変わった。昨年の協議で「今国会では、一定の結論を得る」と、両党幹事長が「合意」したことを盾に、与党が採決を求めてきたからだ。
これに対し、立憲民主党は突如として、「国は、この法律の施行後3年を目途に、追加の2項目をはじめとする投票人の投票に係る環境を整備するための事項及び国民投票運動等のための広告放送や、インターネット有料広告の制限、運動資金規制、インターネットの適正利用の確保を図るための方策その他の国民投票の公平及び公正を確保するための事項について検討を加え、必要な法制上の措置その他の措置を講ずる」とする「付則」を付け加える修正案を提出、自民・公明両党はこれを受け入れた。
 なんと、連休明け直後の5月6日、衆議院憲法審査会は直ちにこれを可決、5月11日には衆院本会議を通過させた。
 菅首相は5月3日のビデオメッセージで、7項目改正案について「憲法改正議論を進める最初の一歩として,成立を目指す」と公言したが、まさにその計画が進行中だ。

▼参院は衆院の「カーボンコピー」か? 審議もせずに「衆院の談合」を飲むのか?

 参院に送られた法案は、参院憲法審査会で,5月19日に趣旨説明、5月26日に自由討議,6月2日に参考人質疑が行われた。次回は6月9日が開催予定で、会期末を控え、「採決」強行も予想される。
 しかし、はっきりしているのは、衆院を通過した法案は、以前、参議院自身がつけた付帯決議について、全く考慮もされないまま、再び参院に送られてきたものだ、ということだ。
参議院憲法調査特別委員会は,2007年5月11日,改憲手続法について18項目にわたる附帯決議を行っている。(本稿末尾に掲載)
 ところがこの中には、「罰則について、構成要件の明確化を図るなどの観点から検討を加え、必要な法制上の措置も含めて検討すること」と平然と書くように、本来法律で書かなければならない「罰則違反の構成要件」がないなど、法律の欠陥を自ら認めた条項も含まれている。
 今回「改正」をするならば、そうした問題を抜きには論じられない。当時も「審議の手抜きと拙速を自ら告白」したものだ(水島朝穂早大教授「平和憲法のメッセージ」2007年5月21日「この附帯決議は立法史上の汚点」)との指摘があったが、 今回の議論も全くそれと変わらなかったという事実である。
 今回、参院の憲法審査会に参考人として招かれた飯島滋明名古屋学院大教授は「審議をみていて、参議院の先生方が『衆議院は何でこんなもの送ってくるんだ』といら立って、頭に来ているのが分かった。しっかり審議して、衆議院に反省を迫る意味で、何だこれは、と送り返すぐらいのこともやっていただければと思います」と述べたほど。要するに、このままでは使えない欠陥法をいじって「改正」したものに過ぎなかった。

▼「思想なく、経綸なき政治家」が国を滅ぼす…

 今回の問題は、「とにかく憲法審査会を動かせ」という自民党からの働き掛けに応じ、「今国会で結論を得る」と勝手に「約束」した立憲民主党執行部、「修正に応じて頂いて感謝する」とそれ以上の問題を指摘することなく、採決=成立を約束した執行部に大きな責任があることは間違いなさそうだ。「政治家の言葉は重い」と発言を大切にするのはいい。しかし、それも、民主主義社会である。独裁政党の指導者だって、政党なら、そこで決めた政策の範囲内での合意しか出来ないはずだ。
 まして、ここは審議できていないから「意義及び必要性の有無等について十分な検討を加え、適切な措置を講じるように」とか「禁止される行為と許容される行為を明確化するなど、その基準と表現を検討する」「必要な法制上の措置も含めて検討する」(いずれも、付帯決議)などという「宿題」つきの法律について、その内容をほったらかしにして、「つまみ食い改正」をして、それで了解するなどと言うことは普通の常識では、あり得ない。「人がいいから話し合いに応じて合意してしまった…」などお話にならない。
 戦後の日本が歩んできた「戦争をしない」という国のあり方、民主主義や人権や、それを守ろうとしていると信じさせてきた政党としての理念。…それを捨てようとする今回の「合意」は、参議院でどう説明されるのか?

 参議院で、附帯決議で検討を要求した各項目についての検討がされないまま,このままで改正案が「採決」されるとすれば、参議院そのものの存在意義を失わせるばかりでなく、立憲民主党の立ち位置も失わせかねない。
 立憲民主党は、その存在意義を改めて問われている。9日の審査会を含めて、動向を厳しくチェックしなければならない。
(了)

《付》

日本国憲法の改正手続に関する法律案に対する附帯決議
               平成十九年五月十一日
                    参議院日本国憲法に関する調査特別委員会
  1. 国民投票の対象・範囲については、憲法審査会において、その意義及び必要性の有無等について十分な検討を加え、適切な措置を講じるように努めること。
  2. 成年年齢に関する公職選挙法、民法等の関連法令については、十分に国民の意見を反映させて検討加えるとともに、本法施行までに必要な法制上の措置を完了するように努めること。
  3. 憲法改正原案の発議に当たり、内容に関する関連性の判断は、その判断基準を明らかにするとともに、外部有識者の意見も踏まえ、適切かつ慎重に行うこと。
  4. 国民投票の期日に関する議決について両院の議決の不一致が生じた場合の調整について必要な措置を講じること。
  5. 国会による発議の公示と中央選挙管理会による投票期日の告示は、同日の官報により実施できるよう努めること。
  6. 低投票率により憲法改正の正当性に疑義が生じないよう、憲法審査会において本法施行までに最低投票率制度の意義・是非について検討を加えること。
  7. 在外投票については、投票の機会が十分に保障されるよう、万全の措置を講じること。
  8. 国民投票広報協議会の運営に際しては、要旨の作成、賛成意見、反対意見の集約に当たり、外部有識者の知見等を活用し、客観性、正確性、中立性、公正性が確保されるように十分に留意すること。
  9. 国民投票公報は、発議後可能な限り早期に投票権者の元に確実に届くように配慮するとともに、国民の情報入手手段が多様化されている実態にかんがみ、公式サイトを設置するなど周知手段を工夫すること。
  10. 国民投票の結果告示においては、棄権の意思が明確に表示されるよう、白票の数も明示するものとすること。
  11. 公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の規制については、意見表明の自由、学問の自由、教育の自由等を侵害することとならないよう特に慎重な運用を図るとともに、禁止される行為と許容される行為を明確化するなど、その基準と表現を検討すること。
  12. 罰則について、構成要件の明確化を図るなどの観点から検討を加え、必要な法制上の措置も含めて検討すること。
  13. テレビ・ラジオの有料広告規制については、公平性を確保するためのメディア関係者の自主的な努力を尊重するとともに、本法施行までに必要な検討を加えること。
  14. 罰則の適用に当たっては、公職選挙運動の規制との峻別に留意するとともに、国民の憲法改正に関する意見表明・運動等が萎縮し制約されることのないよう慎重に運用すること。
  15. 憲法審査会においては、いわゆる凍結期間である三年間は、憲法調査会報告書等で指摘された課題等について十分な審査を行うこと。
  16. 憲法審査会における審査手続及び運営については、憲法改正原案の重要性にかんがみ、定足数や議決要件等を明定するとともに、その審議に当たっては、少数会派にも十分配慮すること。
  17. 憲法改正の重要性にかんがみ、憲法審査会においては、国民への情報提供に務め、また、国民の意見を反映するよう、公聴会の実施、請願審査の充実等に努めること。
  18. 合同審査会の開催に当たっては、衆参各院の独立性、自主性にかんがみ、各院の意思を十分尊重すること。
右決議する。
2021/05/25
やっと出た「五輪中止」の社説  信毎社説を評価する
<丸山 重威>
 信濃毎日新聞社は5月23日、東京オリンピック・パラリンピックを中止するよう政府に求める社説を掲載した。
 信毎の社説は、現在、他のメディアが、「反対」論「中止」論を載せながら、「社論」としては態度を明らかにしていない状況の下で、議論をまとめたもので、ハフィントンポストによれば、論説委員長は「ここ1、2カ月の間、論説委員の中で議論してきた。開催が迫ったいまのタイミングで出すべきだと判断した」と語ったという。
 私は、コロナ情勢の悪化が進む中で、オリンピックの開催は、とても無理だし、むしろ実施は大変な問題を引き起こす危険があり、誰の利益にもならないのではないか、と反対の主張(デモクラTV本会議など)をしてきた。それは、もしこのままオリンピックが強行されれば、どんな危険な事態が起きるかわからない状況であり、ジャーナリストとして「言うべきとき」に発言しないのは、責任放棄だと考えたからだった。
 私としては、日本のジャーナリズムの姿勢を示すためにも、新聞各社が同様の見解を明らかにすることを期待したい。

▼スポンサーだから書けない、はウソ

 新聞、放送各社は、それぞれ反対論があることは報じながら、社として「中止」を打ち出すことはせず、外部からは「スポンサーになっているから言わないのだろう」と、メディアの姿勢が取り沙汰されている。
 そんな広告がらみの場合、通常は広告・事業担当者から編集に「注文」がついて、報道との議論が問題になったりすることがあるが、今回の場合、広告スポンサーが記事にクレームを付けたり、報道について注文したりするのとは意味が違っている。つまり、オリンピックは、メディア自体が当然報道すべき社会的に大きな出来事だからだ。
 メディアに取り上げられることを目的として、イベントを作り、宣伝するものを「メディア・イベント」という。新製品だったり、主張だったり、メディアに取り上げられることを目的に記者会見をしたり、パレードをしたりするのは、このメディア・イベントの創造だが、オリンピックはその中で最大級のものである。つまり、オリンピック報道が垂れ流しなのは、単純にスポンサーだから、というより、メディア自体、「報道する」という立場でオリンピックに巻き込まれているからである。
 実際、在京各社を代表に、新聞もテレビもオリンピック・パラリンピックに報道本部を作り、体制を組んで、準備から反対運動を含めて、大きなニュースとして取り上げてきた。その結果、オリンピックにまつわる様々な動きは細大漏らさず報じながら、開催自体をチェックする機能を失い現在に至った、といえるだろう。
 では、そんな場合、メディアはそうしたイベント自体について「止めろ」と言えないものなのだろうか? 私はそんなことはないはずだ、と思う。むしろ、メディアには、そうした問題にこそ、きちんと発言する責任がある。 というより、そこでこそ発言しなければ、ジャーナリズムとしての責任は果たせない、と思う。
実際に、自社が主催するイベントであっても、高校野球や都市対抗野球やいろんな展覧会でも、問題が起きれば当然報道する。まして、東京オリンピック・パラリンピックが、社会的な問題として大きな報道課題になっていることを前提にすればするほど、開催をどうするか、については社会的問題であり、報道しなければならないテーマである。それこそ、「中立」「公正」な立場で発言しなければならないのだと思う。

▼「関東防空大演習を嗤う」の教訓

 信毎の社説、と言えばすぐ思いつくのが「関東防空大演習を嗤う」という社説だ。
 日本の言論史に名高いこの社説は、1933年(昭和8年)8月11日、信濃毎日新聞が掲載した。8月9日、東京を中心に関東一帯で行われた演習は、灯火管制を敷き、敵機の空襲に備えるというもの。まさに、軍部がメディアと民衆を巻き込んだイベントだった。これに対しこの社説は、①空襲があれば木造家屋の多い東京は焦土化する②空襲は何度も繰り返され、被害は関東大震災に及ぶ③灯火管制は「暗視装置」や「測位システム」などの近代技術の前に意味がないし、パニックを起こし有害だ―などを上げ軍部を批判。「敵機を関東の空に帝都の空に迎へ撃つといふことは、我軍の敗北そのものである」と論じた。 1933年、昭和8年と言えば、2年前の31年9月には柳条湖事件(満州事変)が起き、泥沼の戦争に突っ込んでいった。前年32年には「5・15事件」が起き犬養毅首相が暗殺されたし、同8年3月には日本は国際連盟を脱退した。軍部に批判的だった新聞も、柳条湖事件を契機に、軍部の行動を容認し、協力する方向へ大きく舵を切っていた。
 だからだろうか、社説の物言いは、正面から「反対」と言うより「ばかばかしい」と「嗤った」、事後の批判だった。しかも「反戦」ではなく、「要するに、航空戦は(中略)空撃したものの勝であり空撃されたものの敗である。だから、この空撃に先だって、これを撃退すること、これが防空戦の第一義でなくてはならない」という、「政策提言」である。
 しかし、軍部はこれも容認しなかった。在郷軍人会を通じて露骨に圧力をかけ、信濃毎日は不買運動を起こされ、筆者の桐生悠々は退社を余儀なくされた。

▼いま、ものを言わずに「ジャーナリズム」と言えるのか

 オリンピックを「軍部の暴走」-「戦争への足音」と単純に同一視していいのか、という問題はもちろんある。しかし、世の中の政治や指導者が、国民を引きずって「五輪強行」という危険な賭けに向かって突進し、メディアもその一翼を担っているとき、ものを言わないで流されていくのを放置していてジャーナリズムと言えるのか、と私は思う。
 確かに、多くのメディアは「中止」論を紹介し、解説やコラムで、その趣旨を述べている。しかし、「社論」にしていないのは、前述の通りである。
 新聞、報道の役割は、世の中で起きていることを素早く伝え、ひとびとが正しい判断を下せるように、行動の指針を示すことである。
 「オリンピックはたいしたことではない」という見方があるかもしれない。しかし、世界のさまざまな問題についても発言している日本のメディアが、「コロナ禍の五輪」についてだけ沈黙するのはむしろ異常である。
 「台湾危機は何とか話し合いで」と同様、「安全な五輪であるべきだ」というのは誰でも言える。問題は、「戦争参加は絶対するな」というか言わないか、「危険な五輪はやめるべきだ」と言うか言わないか、だ。それがジャーナリズムの責任である。

【資料:信濃毎日新聞の「五輪中止」社説】

〈社説〉東京五輪・パラ大会 政府は中止を決断せよ
2021/05/23 09:18 長野県 論説 社説
 不安と緊張が覆う祭典を、ことほぐ気にはなれない。
 新型コロナウイルスの変異株が広がる。緊急事態宣言は10都道府県に、まん延防止等重点措置も8県に発令されている。
 病床が不足し、適切な治療を受けられずに亡くなる人が後を絶たない。医療従事者に過重な負担がかかり、経済的に追い詰められて自ら命を絶つ人がいる。
 7月23日の五輪開幕までに、感染状況が落ち着いたとしても、持てる資源は次の波への備えに充てなければならない。
 東京五輪・パラリンピックの両大会は中止すべきだ。
■崩壊する医療体制■
 今年1月以降、緊急事態宣言が出た14都道府県で、療養中や入院待機中に死亡した人は少なくとも78人に上る―。共同通信が今月17日時点の状況を集計した。
 12日現在の自宅療養者は全国で3万4537人を数える。医療機関以外で亡くなる事例を、政府は把握しきれていない。
 医療体制の逼迫(ひっぱく)は、8割を占める民間病院が感染者を受け入れないからだ、と指摘される。それは国が医療費の抑制を目的に政策誘導し、感染症の指定病院や病床を減らしてきた結果だ。
 民間の医療機関と役割を分担し自宅療養から入院まで、容体の変化に即応できる態勢構築に、急ぎ取り組まなくてはならない。
 ワクチン接種の足取りは鈍い。予防効果が高まるとされる「集団免疫」の獲得はおろか、開幕の時期までに高齢者への接種を終えるめども立っていない。
 この状況で政府は、五輪・パラのコロナ対策を打ち出した。選手の健康状態や行動履歴を管理する「保健衛生支援拠点」を都内に設置。選手村には、24時間運営の発熱外来、検査機関を置く。
 1万5千人の選手には毎日、8万人近くを見込む大会関係者にも定期的に検査を実施する。両大会を通じて延べ7千人の医療従事者を確保し、30カ所の大会指定病院も整備するという。
■開く意義はどこに■
 国際オリンピック委員会(IOC)は6日、米国のファイザー製ワクチンが、各国の選手団に無償提供されると発表した。
 菅義偉政権は地域医療への影響を否定するけれど、医療従事者を集められるなら、不足する地域に派遣すべきではないのか。検査も満足に受けられない国民が「五輪選手は特権階級なのか」と、憤るのも無理はない。
 東京大会組織委員会などは既に海外からの観客の受け入れを断念した。選手との交流事業や事前合宿を諦めた自治体も多い。各国から集う人々が互いに理解を深め、平和推進に貢献する五輪の意義はしぼみつつある。
 感染対策の確認を兼ねた各競技のテスト大会は、無観客だったり海外選手が出場しなかったりと、本番を想定したとは言い難い。五輪予選への選手団派遣を見送った国もある。「公平な大会にならない」と訴える選手がいる。
 「厳しい状況だからこそ、人々をつなぐ大会には意味がある」とIOC委員は言う。海外でも高まる五輪懐疑論を打ち消そうとするのは、収入の7割を占める巨額の放送権料が懸かっているから、と見る向きは強い。
 責任や求心力の低下を避けるためか、菅政権も政治の都合を最優先し、開催に突き進む。日本側から中止を求めれば、IOCやスポンサー企業から賠償を要求される可能性があるとも言われる。
■分断生じる恐れも■
 コンパクト五輪、復興五輪、完全な形での開催、人類が新型コロナに打ち勝った証し…。安倍晋三前首相と菅首相らが強調してきたフレーズは、いずれもかけ声倒れに終わっている。
 「国民みんなの五輪」をうたいながら、当初の倍以上に膨らんだ1兆6440億円の開催費用の詳細を伏せている。大会に伴うインフラ整備が、人口減少社会を迎える国の首都構想に、どう生きるのかもはっきりしない。
 組織委の森喜朗前会長の女性蔑視発言に、国内外の猛烈な批判が集中した。東京大会の、あるいは五輪自体がはらむ数々のゆがみへの不信が凝縮したのだろう。
 菅首相は大会を「世界の団結の象徴」とする、別の“理念”を持ち出した。何のための、誰のための大会かが見えない。反対の世論は収まらず、賛否は選手間でも割れている。開催に踏み切れば、分断を招きかねない。
 再延期には、他の国際大会との日程調整に加え、競技会場や選手村、スタッフの確保など、さまざまな困難が伴い、費用もさらにかさむ。何より、再延期して安全に開ける確証はない。
 国会で首相は「IOCは既に開催を決定している」と、人ごとのように述べていた。感染力の強いインド変異株がアジアで猛威をふるい始めている。コロナ対応を最優先し、出口戦略を描くこと。国民の命と暮らしを守る決断が、日本政府に求められる。
(了)

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