2021/03/13
原発災害から10年。福島の人々から学ぶ。
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追悼のキャンドルのカップには、それぞれの思いが描かれていた
福島県双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館で(2021/03/11)
 東日本大震災、東京電力福島第1原発事故から10年。発生の日の3月11日は各地で追悼行事が行われ、犠牲になった人々への鎮魂の祈りがささげられた。行方不明者の捜索は現在も続いている。
 午後2時46分。原発事故対策の拠点だった福島県の「Jヴィレッジ」(楢葉、広野町)では、グラウンドに親子連れや若者らが集まり、1分間の黙とうをささげた。同所での復興追悼イベントを企画した一般社団法人「ラブフォーニッポン」(東京)代表理事でアーティストのキャンドルジュンさん(47)は、「自分には被災した人の気持ちは分かりません。分からないこそ、福島に来ます。今日だけでも楽しかった、平和な日だった、と感じる日をみんなでつくり、それを365日に増やしていきたい」と呼びかけた。キャンドルジュンさんは、月命日の11日は福島の人々と過ごし、鎮魂の祈りを込めてろうそくに明かりを灯す「キャンドルナイト」の活動を続けている。
 双葉町にある東日本大震災・原子力災害伝承館でも、追悼の行事があった。伝承館は、原発事故の教訓を後世に伝える目的で、大津波に襲われた地に建てられた。だが、来館者らからは「原発は絶対安全と言ってきた方々の反省の弁がない」など、批判の声もあがっている。
 原発事故では、6基ある原子炉のうち3基に炉心溶融が起き、世界最悪のレベルの大事故となった。伝承館には事故の経過を説明する展示や動画はあっても、それまでの災害対策の不備を検証する内容はほとんどない。ちょうど翌12日夜、映画「Fukushima50」(若松節朗監督)がテレビで放映され、映画を見ると電源喪失で原子炉の冷却機能が失われ、発電所内が停電し、計器類が機能不全に陥った様子がリアルに再現されていた。そうした大惨事に至った原因をきちんと提示し、原子力を「明るい未来のエネルギー」「二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギー」と豪語してきた国の過ちをただすことが、伝承館の役割の一つではないのか。
 双葉町の犠牲者は、関連死を含めて175人。震災時は7140人が住んでいた。全域に避難指示が出され、役場の機能も一時、埼玉県加須市(旧騎西高校)に移転。いまなお全住民が避難生活を強いられる。しかも、双葉町と隣接の大熊町には、県内の「除染土」の中間貯蔵施設が設けられている。全国各地から集められた作業員が、放射性物質を含んだ表土を薄くはぎ取ったものが除染土だ。環境省によると、中間貯蔵施設への搬入は7割ほど進んだが、「県外での最終処分(期限は2045年)への理解は全国的に低い」という。
 東電の原子力発電所(福島の第1、第2、新潟の柏崎刈羽)でつくられた電気を大量消費してきたのは東京の人間だ。その事実を意識すれば、少なくとも都民にとって原発事故は「他人事」ではない。
 福島の人々から学ぶ。これからでも遅くはない。

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