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2022/07/19
ひとりぼっちの「青年」をなくそう
―― 安倍暗殺犯の周辺を考える

 もともとは優秀な技術者の息子だった。安倍元首相を撃った山上徹也容疑者(41)のことだ。幼いころから頭が良く勉強もよくできた。しかし、幼いころ父親が亡くなると、悲劇が始まった。
 母は、統一教会に走り、子どもたちはネグレクトされた。母は父親(徹也にとっての祖父)が経営していた会社を引き継いだが、献金して破産させた。献金額は1億円に達し、母の兄の弁護士が、仲介して取り戻した5000万円さえ再度献金してしまった。

 母に見放された徹也は、親族の応援で高校を卒業、02年海上自衛隊の任期制自衛官になったが、任期満了を前に05年、自殺を図った。自分にかけた生命保険で、兄や妹を助けたいと考えたためだったとも言う。
 回復後、任期満了で退官すると、測量会社でのアルバイトなどをしながらいくつかの資格をとった。15年11月、病気で片目を失いながら頑張っていた兄が自殺したときは、「生きていればいいこともあるのに…」と悔やんだ。生きて頑張ろうとする彼の姿に親戚は安堵した。

しかし、仕事は定着しなかったようだ。20年10月、派遣会社から派遣された京都の工場でも、黙々と働いていたが、同僚とうまくいかず、結局、この5月、退職した。
 母を奪った統一教会については、ずっと恨み続けていたが、昨年、統一教会のフロント組織「天宙平和連合」の集会に安倍元首相が登場しているのを見て襲撃を考え、銃の製作などを始めた、という。

 仕事も面白くない、同僚ともうまくいかない、家族も居ない。本当にひとりぼっちになった。仲間もいない。仕事にも希望は持てない。自分の将来が描けない。生きていても仕方がない。どうしてこんなことになったのか。自分でも解決が付かなかった。ただひたすら、深夜の武器製造に心を砕いた。

週刊誌などの報道を総合すると、山上徹也容疑者の半生はこんな具合だったようだ。

       ×     ×     ×

 「政治的テロ」だったのか、単なる「個人的怨恨」だったのか―.選挙中でもあって議論が広がった。しかし、「個人的怨恨」と片付けられない社会性を帯びた事件は、容疑者の主観を超えて極めて政治的だ。

「自己責任」と「効率化」の「新自由主義」イデオロギーの中で、家庭でも仕事場でも「集団」より「個」が問題にされる社会に急速になった結果、個々人の責任や抱える問題は、放置されるようになった。「個の尊重」というと格好はいいが、実は「個の孤立」が進み、心理的にも経済的にも追い詰められた若者も目立つようになった。

 2008年6月、秋葉原の繁華街で起きた無差別殺傷事件の26歳の加害者は、「生活に疲れた。自分の人生を終わりにしたかった」「誰でもいいから殺したかった」と話した。
 2019年5月、川崎市の登戸で通学バスを小学生と、見送りに保護者を死傷させ、自らもその場で自殺した51歳の容疑者も、同居の伯父、伯母とのコミュニケーションがない引きこもりの中年だった。

 自分はどう生きるか、あすは何のために…? そんな中で、生きる希望を失い、「もういい、全部終わりにしたい」と考え、凶暴な事件を起こした人が他にもいる。
 山上容疑者もその例外ではなかった。職を辞め、経済的にも追い詰められた容疑者は、銃を自分で造り、犯行に及んだ。

 事件で考えなければならないことは、数多くある。

 まず、彼の家庭を崩壊させた「統一教会」という、カルト集団の行動。犯罪か、それに近い財産巻き上げの方法は糾弾されなければならないし、その「広告塔」になったり、その支援を受けている政治家は、当然責任を追及されなければならないだろう。

 そしてさらに、その被害を受けている家族に対する救済、支援の問題。事実の把握からして容易ではないが、山上容疑者のケースでいえば、伯父が相談に乗っていても、1人ですべて難しかった。
 ここはや社会と行政の援助が求められていたのではなかったか。

 「消費者センター」の活動もある。「全国霊感商法対策弁護士連絡会」や「全国統一教会被害者家族の会」、「宗教2世ホットライン」など、被害者自ら、助け合い、闘っている組織もある。献身的に闘っているこれらの人たちと、だれかが、どこかで、そんな組織に接触させるようになっていれば、こんなことにならなかったかもしれない。
 
 また、容疑者に、もっと踏み込んで相談できる友人がいたらどうだったか。市民同士、社会の連帯感が失われて来ている中で、少しでもそうした具体的な運動にまで手が届いていたら、彼の人生も変わってきたのではなかったか。

        ×     ×     ×

 生き方を悩むのは、あらゆる年齢で共通し、人間が人間である限りなくならない問題だ。だから「ひとりぼっちの『青年』をなくそう!」も、青年の固有の問題ではない。社会全体で考えなければならないことだ。 

 英国では、こういう個人の孤独の問題は、医療費が無料であることから、医師のところで問題がわかることが多いといわれる。
 そうした精神疾患を重視し、問題は「孤独」にある、と認識した政府は、当時のメイ首相が18年1月「孤独は現代の公衆衛生上、最も大きな課題の一つ」として、「孤独担当大臣」を置くことを宣言、既に動きだしたという。

 当面、「友だちを作れない子ども」「初めて子どもを持つ親」「友人や家族に先立たれた高齢者」などの孤独対策に、経済問題と医療問題からアプローチする体制が出来つつあるらしい。

 日本の「孤独」は、英国よりずっと高い率で報告されている。人は独りでは生きられない。誰もが抱える「悩み」を、聞き、共有し、できることは応援する。こころに「ゆとり」を持てる社会を何としても創っていかなければならない。

 この際、そうした議論が生まれ、連帯し、助け合い、絆を育てていく社会に進むことは、安倍元首相にとっても、何よりの「供養」である。
                 (了)
2022/07/08
ノーパサラン! 奴らを通すな! 
   参院選投票日 問われる「憲法」、「9条」 

★ 参院選。たしかに「平和と暮らし」が焦点なのだが、その土台としての「憲法」が大きく問われている。9党党首が出席した3日のNHK日曜討論は、最後のテーマが憲法だった。自民党は改めて「4項目」を持ちだし、複数の野党は「改憲反対、9条を生かした日本に」と主張した。「9条2項(戦力不保持)」廃止をと主張する特殊部隊(NHK党党首)もいた。

★ そういうもとで朝日1日付オピニオン&フォーラムの佐伯啓思「『普遍的価値』を問い直す」を読む。保守論客といわれる人だが、正直いつもよくわからない。

 今回の論は、アメリカ、ロシア、中国、そしてEUでさえ「一種の帝国化」と指摘する。そういうもとで「日本はどのように国を守ればよいのか」と問う。
 氏は憲法前文から2カ所を引く。「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」。だから世界平和のためにも悪とたたかう必要がある、と。それはいい。もう1カ所前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」を引いて「だが今日の世界でもはやこの条件は成立しない」と断じる。

 佐伯氏よ待ってくれ。戦後翌年にできたわが憲法は、各国単位のことを言ってない。あくまで「諸国民」なのだ。いま世界の諸国民は「平和を愛」してないというのか。そうではなかろう「平和を切望」してるのだ。前文の読み誤りから悲観主義におちいってはならない。前文のこの箇所は「成立していない」どころか、ますますわれわれが依拠しなければならないフレーズだ。

★ 同じ朝日が今年の憲法記念日に発表した世論調査を、世論調査部記者が分析している(5月16日付)。「『改憲必要派」は56%、比較できる2013年以降で最多」。だが改憲必要派でも「9条を変える」は53%どまり。全体では「変えるほうがいい」33%に対し「変えないほうがいい」59%である。私の感覚とも合っている。
 同記事はいう。「最優先の政治課題に憲法をあげるのはわずか2%。国会は慎重な議論を」。

★ 3日のNHK番組に戻る。改憲諸党は、国民の2%しか「最優先課題」だと思っていない改憲問題になぜこうまで前のめりになるのか。「岸田首相はなぜそんなに急ぐのか」という問いをだして、次のように解明した野党党首がいた。日本共産党の志位委員長だ。
 「いま(政府・自民党が)やろうとしていることが、憲法9条との関係で説明がつかなくなっているからだ」。「軍事費を2倍にする」、また日本が攻撃されてないのに「敵基地攻撃」を加えるとなると,これまで言ってきた「専守防衛」では説明できなくなるからだ、と。正鵠をついた指摘だと思う。

★ 10日は参院選投票日。これまで以上に「憲法」とくに「9条」が問われている。
 「奴らを通すな! ノーパサラン」ということばが頭をよぎる。1936年7月、ナチスとたかったスペインでの「マドリード包囲戦」で使われた。さらに10月4日、ロンドンでのファシストのデモに対して労働者・住民10万人以上が集結してこれを阻止した。
 このときのスローガンも「ノーパサラン」だった。今日の日本、「改憲派を通すな」。

×      ×      ×

 本稿は、投票日より少し前にと思って8日(金)アップしたが、「安倍元首相、銃撃され死亡」という事件が起きてしまった。改めて考えたが、ここでは、いくつかのことを確認しておきたい。

1)私は「暴力・テロ」反対という点では人後に落ちない。
2)安倍氏は改憲論の先頭に立った人物ではあるが、心から哀悼の意を表する。
3)私は、それでもやはり「改憲論者」に対して「ノーパサラン」と声をあげる。

2022/07/04
京都新聞記者が、自社の大株主らを刑事告発
関西新聞合同ユニオンが告発状提出
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「京都新聞記者らの会見の様子」=NHKのニュースより
 参院議員選挙が迫るなか、選挙戦を報じる新聞社で深刻な問題が生じている。
 京都新聞ホールディングス(HD)が大株主の元相談役に長期間、支払った報酬など総額約19億円が違法支出に当たると第三者委員会から指摘された問題で、傘下の京都新聞社の記者2人が6月29日、元相談役と支出に関与したといわれる当時の役員計2人を、会社法違反(利益供与)の疑いで京都地検に告発したのだ。
 京都新聞の日比野敏陽(としあき)記者と、曺澤晨(チョウ・テクシン)記者が告発し、2人が個人加盟する労働組合「関西新聞合同ユニオン」の名で、告発状を提出した。
 告発状では、HD取締役、白石京大(きょうた)氏(48)が代表取締役だった2019年7月~21年2月、京大氏の母で元相談役の白石浩子氏(81)に、年3550万円を不正に支出したことを問題視。浩子氏は「オーナー家」と呼ばれる白石家の一族で絶大な影響力を持ち、「経営に口出ししない」ことへの対価だったと指摘している。
 この母と息子は、京都新聞社の経営に長年関与してきた白石家の一族だ。故・白石古京(こきょう)氏は1946年から長い間、社長を務め、浩子氏は古京氏の義理の娘にあたる。第三者委は、人事を握る大株主としての浩子氏を、HDが過剰なまでに優遇し、大阪国税局などから再三、指摘があったにもかかわらず、改善を図らなかったため「法令遵守(じゅんしゅ)意識が欠如していた」と厳しく批判した。ところがHD側は、関係者の刑事責任は追及しないと明言し、現経営陣の責任を認めることもなかった。
 京都市内であった記者会見で日比野記者は、「不正に流れた資金は本来、読者や働く人に還元されるべきものだ」と主張。「我々は新聞を愛している。誰も告発しないなら、やるしかない」と発言した。
 一方、HDはこの日、株主総会と取締役会を開き、京大氏が6月29日付で退任し、山本忠道社長が退いて取締役になる役員人事を決定した。さらに、浩子氏を相手取り、報酬などの一部、約5億1000万円の返還を求める訴訟を28日付で京都地裁に起こしたと発表した。だが、今回の告発については「記者個人が起こした行動なので、申し上げることはない」という態度だ。
 報道機関の記者が、自社の大株主らを刑事告発するという異例の事態。新聞やテレビなどのマスメディアは、報道、言論の自由を保つための大きな役目を担っており、それを支えているのが、紙面や番組づくりに関わる記者、従業員、スタッフらだ。不正が判明しても「関係者の刑事責任は追及しない」というHDの態度こそ、報道機関にあるまじきことではないか。
 今年5月に発表された国境なき記者団(本部・パリ)による「報道の自由度ランキング」(対象は180の国・地域)で日本は前回より四つ順位を下げて71位。ちなみに首位はノルウェーだった。
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