2021/04/13
福島原発・汚染水海洋放出に抗議
 政府は13日、トリチウムを含んだ福島原発・汚染水の海洋放出を決定した。
 以下は、全漁連の抗議声明全文。


アルプス処理水海洋放出の方針決定に強く抗議する

JF全漁連会長声明

 本日、国はアルプス処理水海洋放出の方針決定を行った。
 4月7日、我々は菅義偉内閣総理大臣に対し、「漁業者・国民の理解を得られないアルプス処理水の海洋放出には、JFグループとして断固反対」であることをあらためて申し入れ、慎重な判断を強く求めたところである。それにもかかわらず、本方針が決定されたことは極めて遺憾であり、到底容認できるものではない。ここに強く抗議するものである。今後とも、海洋放出反対の立場はいささかも変わるものではない。

 国は、汚染水対策の過程における福島県漁連の要望に対し、アルプス処理水について関係者の理解なしにはいかなる処分も行わないことを明確に回答しており、なぜ関係する漁業者の理解を得ることなくこの回答を覆したのか、福島県のみならず全国の漁業者の思いを踏みにじる行為である。
 全国の漁業者、国民の不安を払拭するため、次の事項について、国としての対応をあらためて強く求めるものである。

1.漁業者・国民への説明
 全国の漁業者をはじめ多くの国民から海洋放出反対の意見が出されてきた中で、国として、なぜ海洋放出の方針決定を行ったのか、漁業者・国民に責任をもって説明することを求める。

2.風評被害への対応
 海洋放出の方針決定により当面生じる風評被害と、将来、実際に海洋放出が行われた場合に生じる風評被害に、国の責任においてどのように対処するのか、明確に示すことを求める。

3.アルプス処理水の安全性の担保
 海洋放出されるアルプス処理水の安全性を、どのように国内外に説明し、担保していくのか、国の責任において具体的かつ明確に示すことを求める。

4.漁業者の経営継続
 福島県ならびに近隣被災県の漁業者、そして全国の漁業者が安心して子々孫々まで漁業が継続できるための方策を、国の責任として明確に示すことを求める。

5.継続保管等の継続的検討
 半減期効果を念頭に置いた敷地内における更なるタンク増設による保管継続や新たな処理・保管方法等の検討など、あらゆる可能性について国の責任で継続的に検討・実施していくことを求める。

   2021年4月13日
全国漁業協同組合連合会 代表理事会長 岸 宏
2021/04/12
原発汚染水問題でで科学者らが声明
 福島第一原発の汚染水を海洋に流す問題について、学者、市民などで構成する原子力市民委員会(座長・大島堅一龍谷大学教授、座長代理・満田夏花FOEジャパン事務局長)は11日、緊急声明を発表した。
 以下全文を紹介する。

2021年4月11日

福島第一原発のALPS(多核種除去設備)処理汚染水
海洋放出問題についての緊急声明

原子力市民委員会
座  長:    大島 堅一
座長代理:    満田 夏花
原子力規制部会長:後藤 政志

 福島第一原発のALPS(多核種除去設備)処理汚染水について、政府は4月13日にも、海洋放出による処分を決定すると報道されている。
 原子力市民委員会は、以前より汚染水は海洋放出すべきではなく、堅牢な大型タンクによる陸上保管の継続か、モルタル固化による処分を選択すべきであると提言してきた。その後、政府および東京電力は、私たちが指摘してきた問題点を考慮することもなく、また、私たちが提案してきた有効な代替案を具体的に検討することもなく、海洋放出を決定しようとしている。このことについて、原子力市民委員会は強く抗議する。
 今回、汚染水海洋放出を決定しようとしていることには、さしあたって次の5つの問題を指摘する。

1.社会的な合意形成の手続きが踏まれていない
 ALPS小委員会の「海洋放出が現実的」とする報告書が公開されて以降、一般市民が意見を言えるような公聴会は開催されておらず、政府が「関係団体」として指定した団体の代表42人の意見が聴取されたのみである(しかも42人中、41人が男性である)。パブリック・コメントは集められたものの、きわめて形式的な手続きにとどまり、一般から提起された懸念や提案された代替案については、何ら議論されていない。

2.トリチウムは放射性物質であり、環境への放出は厳に避けるべきである
 政府は、トリチウムの環境や生体への影響を軽視しているが、トリチウムの有害性を指摘する研究報告は少なからずある。各国でのトリチウムの規制値にも幅があるが、その規制値は、原子力施設の稼働を前提としたものであり、それ以下であれば安全性が確認された値と理解するべきではない。
 政府は、トリチウムの年間放出量を22兆ベクレル以下にするとしている。しかし、これは、福島第一原発における事故前の放出管理目標値(上限)であり、実際の放出実績は、年間約2兆ベクレルであった。つまり、福島原発事故前に、発電にともなって放出していたトリチウムの10倍の量を、放出し続けようとしているのである。
 政府および東京電力には、福島原発事故によって、大量の放射能を環境に放出した責任がある。その上で、現状はタンクで保管されている放射性物質を環境中に意図的に追加放出し、再汚染をもたらすこと自体、断じて許されない。
 なお、東京電力は、処理水を海水で薄めて、トリチウムの濃度を1,500ベクレル/L以下にするとしている。これは、地下水バイパスからの排水の運用基準と同様である。これをあたかも、トリチウムの排出基準である6万ベクレル/Lの40分の1であるというような言説が流布されている。しかし、これは完全にミスリーディングである。
 1,500ベクレル/Lとするのは、規制基準の40分の1にするのではなく、規制上満たさなければならない要求である。地下水バイパス・サブドレンからの排水の運用を決める際、福島第一原発の敷地内には、排水以外に考慮すべき放射線源があり、敷地境界線上1mSv/年という法令を遵守するためには、排水に割り当てられるのはその約2割とされた。その上、排水中に含まれるストロンチウム90などの放射性物質の存在を考慮すると、トリチウムに割り当てられるのは1,500Bq/Lとされた。これが1,500ベクレル/Lとする経緯である。こうした経緯について、経産省、原子力規制庁、東京電力は国民に正しく説明すべきである。

3.海洋放出を決定しても、数十年におよぶ長期間のタンク保管は避けられない
 大量の汚染水タンクの存在が風評被害の要因であるとの指摘や、タンク保管の長期化にともなう老朽化や災害時の漏洩リスクなどが、早期の海洋放出決定への口実とされている。しかし、政府の計画に基づいて海洋放出をするとしても、汚染水(現時点でのトリチウム総量856兆ベクレル)の全量を放出するまでに40年の期間を要する。その間、タンクによる長期保管は不可避であり、汚染水タンクの耐久性、耐震設計、維持管理等の問題が、海洋放出によっては解消されない。

4.汚染水対策を含む「廃炉」方針および工程の技術的な見直しが不可欠である
 汚染水が増え続け、タンクを増設する敷地が足りないことが海洋放出の理由とされている。しかしそれは事実ではない。私たちは次のように、現実に実行可能な技術的代替策について、これまで繰り返し提言してきた。

 一方、2月13日に発生した福島県沖を震源とする地震により、汚染水タンクが横ずれし、配管が損傷した事故から、そもそも汚染水タンクを基礎に固定していなかったことが発覚した。これは、この規模のタンクの施工事例からは考えられない設計・施工ミスであり、これを正当化している東京電力や、問題視していない政府、原子力規制委員会の基本的な技術力を疑わざるを得ない。
 福島第一原発の後始末が長期にわたることは間違いない。現存する汚染水を、堅牢かつ十分な耐震設計の施された大型タンクに移送するような対策は、当面の応急措置としても不可欠である。

5.復興を妨げている最大の要因は、政府および東京電力への不信である
 本来は別の問題である「復興」と「廃炉」の「両立」を強調する政府の主張は、廃炉の困難さを指摘する主張を、「復興を妨害する」ものとして切り捨て、自らの責任を他者に転嫁している。
 関係者との意見交換、パブリック・コメントでの多数の反対・慎重意見を無視して、海洋放出を正当化する根拠として「復興」を掲げることは、現場で日々復興のために従事してきた漁業関係者、関連事業者を含む市民の地道な営みに対する暴挙であると言わざるを得ない。
 政府・東京電力は、問題を「風評」に矮小化し、魚介類や農産物の安全PRや、販路拡大の支援などで対処しようとしている。根本的な問題は、これまでの政府や東京電力の情報公開や説明が不正確かつ不誠実であったことにある。
 信頼の回復には、現実的かつ技術的な裏付けのある政策を、十分な情報とともに示し、理解を得る努力が不可欠である。しかしながら、政府および東京電力のこの間の対応には、その全てが欠けている。
 このような状況での海洋放出決定は誤りである。誤った政策であっても、いったん決定されれば変更しない/できないのが日本の原子力政策の特徴である。ALPS処理汚染水海洋放出は行うべきではないし、国民からも到底受け入れられないであろう。

以上
2021/02/28
「デジタル監視法案」についての法律家の意見書
 菅内閣が国会に提出した「デジタル庁設置」などを看板にした「デジタル関連法案」について、共謀罪対策弁護団、秘密保護法対策弁護団、自由法曹団、社文法律センター、青法協(弁護士学者合同部会)、日民協など法律家ネットワークは、25日、慎重審議と問題箇所の撤回、修正を求める意見書を発表した。

 全文を紹介する。


2021年2月25日

「デジタル監視法案」(デジタル化関連法案)について、プライバシー保護の観点から慎重審議と問題個所の撤回・修正を求める意見書


デジタル監視法案に反対する法律家ネットワーク
    共謀罪対策弁護団 共同代表 海渡雄一
    秘密保護法対策弁護団 共同代表 海渡雄一・中谷雄二・南 典男
    社会文化法律センター 共同代表理事 宮里邦雄
    自由法曹団 団長 吉田健一
    青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 上野 格
    日本国際法律家協会 会長 大熊政一
    日本反核法律家協会 会長 大久保賢一
    日本民主法律家協会 理事長 新倉 修
    三宅 弘 弁護士(元総務省行政機関等個人情報保護法制研究会委員)
    平岡秀夫 弁護士(元法務大臣・元内閣官房国家戦略室室長)
    右崎正博 獨協大学名誉教授
    晴山一穂 専修大学名誉教授

意見の趣旨

  1. 情報システムの共通仕様化が図られる中で、データ主体(=本人)の同意を要せず、省庁間の情報共有を容易化する法の仕組みを撤回すること。
  2. 整備法において、マイナンバー法を改正し、従業員の転職時等に使用者間での特定個人情報の提供を認める制度は、本人の同意を要件としても認められないこと。
  3. 整備法において、マイナンバー法を改正し、医師、看護師、税理士など32の国家資格者についてマイナンバーの登録を義務付ける制度は、認められないこと。
  4. 特定商取引法の訪問販売等の取引類型(通信販売を除く)全部と特定商品預託法の預託等取引契約について、オンライン契約と対面契約とを区別することなく、契約書面や概要書面の交付義務に関して、「消費者が承諾した場合」を要件として電子化を認めることは、認められないこと。
  5. 地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案において、標準化の名のもとに、地方自治体において積み重ねられてきた個人情報保護の仕組みを無効化する法制度は、撤回すること。
  6. デジタル庁の創設と同時に、個人のプライバシーを保護するための基本的な制度として以下の仕組みが含まれた制度の整備が同時に行われる必要があること。
    (1) 公権力が、自ら又は民間企業を利用して、あらゆる人々のインターネット上のデータを網羅的に収集・検索する情報監視を禁止する法制度。

    (2) 監視カメラ映像やGPS位置情報などを取得し、それを捜査等に利用するに際して、これを適正化するための新たな法規制。

    (3) 通信傍受の適正な実施についての独立した第三者機関による監督制度。
  7. 個人情報保護委員会の組織を拡大・強化し、その独立性を高めることによって、その監督権限を強め、体制を強化することが必要不可欠であること。
  8. 特定秘密の指定と情報機関の諸活動について、特別の監視機関が必要であること。

意見の理由

内容
第1 はじめに
第2 デジタル監視法案の概要
第3 法案の問題点と法案に欠けている制度
1 プライバシー保護・個人情報保護の重要性
2 「データ共同利用権」は個人情報提供に関する同意原則を否定するものである
3 マイナンバー法を改正し、従業員の転職時等に使用者間で特定個人情報の提供を認める制度は、本人の同意を要件としても認められない
4 国家資格のマイナンバー登録義務付け
5 特定商取引法等の改正にも問題
6 警察による共有情報へのアクセスをフリーパスとしない制度的保障が必要であること
7 地方自治体による分権的個人情報保護システムが無に帰す可能性がある
8 日本に欠けているプライバシー保護のための監督制度
9 個人情報保護委員会による監督権限を強めることが必要である
10 特定秘密の指定と情報機関の活動に対する特別の監視機関が必要である
11 実効性ある監視システムの創設のために

第1 はじめに

 政府は、流通するデータの多様化・大容量化が進展し、データの活用が不可欠であることなどを理由として、デジタル改革関連6法案を2月9日閣議決定し、国会に提出した。
6法案及びその他のデジタル化関連法案の内容について、①個人のプライバシー・個人情報保護が十分に図られているか、②監視社会化によって、市民の表現の自由が抑圧される恐れがないか、という観点から意見を述べることとする。
 政府からは、デジタル化によって「便利になる」との宣伝文句が流布されて、デジタル化関連法案が売り込まれようとしている。しかし、騙されてはいけない。 まさに、この法案は、ひとにぎりの便利さと引き換えに市民のプライバシーを政府に売り渡そうとするものである。まさに、「デジタル監視法」と言ってよい内容である。本意見書では、一連のデジタル化関連法案を、以下、「デジタル監視法案」と呼称することとする。

第2 デジタル監視法案の概要

第1に、「デジタル社会形成基本法案」を制定し、IT基本法は廃止する。この基本法案は、「デジタル社会の形成による我が国経済の持続的かつ健全な発展と国民の幸福な生活の実現等」を目的とするもので、デジタル社会の形成に関し、基本理念及び施策の策定に係る基本方針、国、地方公共団体及び事業者の責務、デジタル庁の設置並びに重点計画の策定について規定し、デジタル社会の形成の基本的砕組みを明らかにしている。

第2に、「デジタル庁設置法案」では、強力な総合調整機能(勧告権等)を有する組織としてデジタル庁を設置し、基本方針策定などの企画立案、国等の情報システムの統括・監理、重要なシステムは自ら整備するとしている。また、国の情報システム、地方共通のデジタル基盤、マイナンバー、データ利活用等の業務を強力に推進するため、内閣直属の組織とし、その長は内閣総理大臣とする。デジタル大臣のほか、特別職のデジタル監等を置くとされている。そして、デジタル庁がデジタル行政の司令塔として、これまでの行政の縦割りを打破し、行政サービスを抜本的に向上するとしている。

第3に、「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案」(以下「整備法案」という。)では、関連する数多くの法律を改正し、整備を一括して行う仕組みとなっている。
とりわけ、次の内容の関係法律の整備案が注目される。

① 個人情報関係3法を1本の法律に統合する整備案では、地方公共団体の制度についても全国的な共通ルールを設定し、所管が分かれていたものを個人情報保護委員会に一元化し、さらに医療・学術分野における現行法制の不均衡を是正することとしている。

② 「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(いわゆるマイナンバー法)等を改正する整備案では、マイナンバーカードの発行・運営体制を抜本的に強化するとしている。

③「電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律」の整備案では、電子証明書のスマートフォンへの搭載、本人同意に基づくJ-LIS(地方公共団体情報システム機構)による署名検証者への基本4情報(氏名、生年月日、性別及び住所)等の提供ができるようにするとされるが、「地方公共団体情報システム機構法」を改正しJ-LISに対する国のガバナンスを強化するとしている。

④ 「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」の整備案では、転職時等の使用者間での特定個人情報の提供、国家資格に関する事務等における個人番号の利用及び情報連携の実施、J=LISの個人番号カードの発行・運営体制の抜本的強化を図るとしている。

⑤ この他、民法、戸籍法、宅地建物取引業法、建築士法、社会保険労務士法等を改正し、国民の負担の軽減及び利便性の向上に資する押印及び書面の交付等を求める手続の見直しが提案されている。
第4に、上記三法以外に 今回の6法案の中には、「公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案」、「預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案」及び「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案」の3つの新法の提案が含まれている。

第3 法案の問題点と法案に欠けている制度

1 プライバシー保護・個人情報保護の重要性

 人は監視されていると感じると、自らの価値観や信念に基づいて自律的に判断し、自由に行動して情報を収集し、表現することが困難になる。すなわち、プライバシー権は、個人の尊重にとって不可欠な私的領域における人格的自律を実現するとともに、表現の自由の不可欠な前提条件となっており、立憲民主主義の維持・発展にも寄与する極めて重要な人権である。
 大量の情報が集積される超監視社会とも呼ぶべき現代にあって、個人が尊重されるためには、公権力により監視対象とされる個人の私的情報は必要最小限度とし、公権力が私的情報を収集、検索、分析、利用するための法的権限と行使方法等を厳格に定めた法制度を構築すべきである。
 しかし、デジタル監視法案においては、菅首相の説くように「省庁間の壁を壊」し、個人情報保護のために設けられてきた国と自治体間の壁をも解体しようとしている。EU一般データ保護規則(GDPR)では、データ主体である個人の権利を基本的な権利として位置づけ、個人データ保護の権利尊重を宣言した上で、アクセス権、訂正の権利、消去の権利等、データ主体の権利を定めている。高度な情報社会に至った現代社会において、情報の流通は不可欠のものとなり、情報自体が高い価値を有することになっている以上、その利活用の前提として、個人情報はデータ主体のものであることの再確認が必要である。しかし、本法案においては、これらデータ主体の権利を明確に謳うものはなく、行政の効率化、データ利活用を重視したものであり、データ主体の権利保護に欠けるものと言える。このことは、デジタル社会形成基本法案第1条の目的に「我が国の国際競争力の強化及び国民の利便性の向上」とあるように、第一義的な目的として、国民の生活よりも、国としての国際競争力の向上を掲げていることからも読み取れる。
国際社会においては、上記GDPRに代表されるように、データ主体の権利保護を大前提とし、データ主体の同意を原則として、その権利を侵害することのないよう適切な規制を施した上で、データ利活用を認めるものとすることが趨勢である。本法案は、このような世界の趨勢に逆行するものと評価せざるを得ない。

2 「データ共同利用権」は個人情報提供に関する同意原則を否定するものである

 とりわけ、危惧されるのは、法案準備の過程で行われたワーキンググループにおいて提唱された、個人情報の第三者提供に関する「データ共同利用権」である。「データ共同利用権」については、「データ主体(本人)の同意やプラットフォーム事業者や公的機関等のデータホルダーによる許諾だけに基づくものではなく、データ取得方法、データの管理主体、デー タの利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合に、データ利用を認めるものとすること。」 と示されている。
整備法案では、個人情報保護法の69条として、既存の行政機関個人情報保護法8条と同様に、次の規定を置くこととしている。しかし、この規定において例外を認めるケースが厳格に制限されるかどうかの保証はない。「所掌事務の遂行に必要」(69条2項2号)、「業務の遂行に必要」(同項3号)が、今後拡大解釈されることにより、個人の同意が必要との原則が骨抜きにされる恐れは否定できない。
「第69条(利用及び提供の制限)」
 行政機関の長は、法令に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は提供してはならない。
2 前項の規定にかかわらず、行政機関の長は、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は提供することができる。ただし、保有個人情報を利用目的以外の目的のために自ら利用し、又は提供することによって、本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるときは、この限りでない。
一 本人の同意があるとき、又は本人に提供するとき。
二 行政機関が法令の定める所掌事務の遂行に必要な限度で保有個人情報を内部で利用する場合であって、当該保有個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき。
三 他の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人に保有個人情報を提供する場合において、保有個人情報の提供を受ける者が、法令の定める事務又は業務の遂行に必要な限度で提供に係る個人情報を利用し、かつ、当該個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき。
三 他の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人に保有個人情報を提供する場合において、保有個人情報の提供を受ける者が、法令の定める事務又は業務の遂行に必要な限度で提供に係る個人情報を利用し、かつ、当該個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を提供するとき、本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき、その他保有個人情報を提供することについて特別の理由のあるとき。
 デジタル監視法案のもとでは、各省庁と地方自治体の情報システムが、すべて共通仕様化され、さらに、マイナンバーによって、健康情報、税金情報、金融情報、運転免許情報、前科前歴情報などが、紐づけされる。まさに、情報システムの共通化と相まって、各行政機関が集めた情報がデジタル庁に集約されて一元的に管理され、マイナンバーとひも付けされ、一覧性の高い形での利用できるようになるのである。
 このことは、監視社会化のリスクを生み、政府の監視対象者とされる人物のセンシティブ情報を含むあらゆる情報を一望監視できるようになることを意味する。法律で、利用範囲の大幅な限定、同意原則の遵守、民間利用の禁止等の対応を徹底しなければ、この監視社会化のリスクは回避できない。しかし、今回の法案は、これと正反対の方向に踏み出そうとしている。
 そもそも2003年の行政機関個人情報保護法制定時には、法制定を提言した総務大臣政務官主宰「行政機関等個人情報保護法制研究会」(座長:茂串俊元内閣法制局長官。以下本項にて「研究会」という。)は、2001年10月19日「行政機関等の保有する個人情報の保護に関する法制の充実強化について―電子政府の個人情報保護」と題する報告書」(以下本項において「報告書」という。)をとりまとめ、センシティブ情報については、「引き続き、国民等の意見及び要望を踏まえつつ、個別分野ごとの専門的な検討を行うことを期待する」、「行政機関法制においても、個人情報の性質及び、利用方法に応じた適切な保護が図られるよう、個人情報の取扱いについて厳格な運用がなされる必要がある」とされていた(報告書9頁)。加えて、この行政機関個人情報保護法の制定にあたり衆議院個人情報の保護に関する委員会は、「思想、信条、宗教、病気及び健康状態、犯罪の容疑、判決及び刑の執行並びに社会的差別の原因となる社会的身分に関する個人情報の取得又は保有に当たっては、利用目的を厳格に特定するとともに、可能な限り法律その他の法令等によって取得根拠を明確にし、その利用、提供及び安全確保に特段の配慮を加えること」を附帯決議とし、参議院個人情報の保護に関する委員会も同じ付帯決議をしていたのである。
 ところが、このデジタル監視法案は、政府の府省庁を横断し地方自治体からも吸い上げてセンシティブ情報を含む個人情報をデジタル庁が一元管理し、マイナンバーと紐づけることで、もっぱら政府における利便性を高めるものである。その改正の方向は、上記研究会報告書及び衆参両議院の両委員会における附帯決議とは正反対の方向で、もっぱら政府及び民間部門における個人情報収集に当たっての行政効率を高めるものであるにとどまり、個別分野ごとの個人情報保護の専門的な検討などされたものとはいえず、個人情報保護については不十分であり、広く国民が保有するデジタル情報を政府が一元管理することによる監視社会化のリスクを回避することのできないものである。

3 マイナンバー法を改正し、従業員の転職時等に使用者間で特定個人情報の提供を認める制度は、本人の同意を要件としても認められない

 特定個人情報とは、「個人番号を内容に含む個人情報」のことである。この使用者というのは民間事業者である。民間事業者が保有している特定個人情報は、従業員等の個人番号を含む給与情報等を指す。
 マイナンバー法では、すでに、特定個人情報の取扱いの全部若しくは一部の委託又は合併その他の事由による事業の承継が行われたときは、特定個人情報を提供することが認められている。たとえば、事業者が、源泉徴収票作成事務を含む給与事務を子会社に委託する場合などである。これを、整備法案は、従業員の転職等の場合にも拡大しようとしている。
 このような改正は、2020年3月17日付の日本経済団体連合会の「Society5.0の実現に向けた規制・制度改革に関する提言-2019年度経団連規制改革要望-」を踏まえたものと考えられる。そこでは、「再度マイナンバーの提供を受けなければならず、国民・事業者の負担は極めて大きい」「過度に厳格な取り扱いを規定する特定個人情報の存在は、国民・事業者の間でマイナンバーの取り扱いに関する不安や誤解を招いており、デジタル社会の基盤である番号制度の潜在能力の発揮を阻害している」などと、このような制度の必要性を訴えている。
 しかし、給与情報というのは重要な情報であり、例えば、欠勤、懲戒による減給、解雇なども、給与情報から推知できる。それが、やむを得ない欠勤であったとか、不当な懲戒や解雇であった、ということは分からない。個人情報保護法23条で、個人情報は本人の同意なくして開示してはならないとされていたため、これまで、個人情報をデータベースで管理する個人情報取扱事業者は、前職調査には原則として応じていなかった。法案は本人の同意を要件としているが、新たな就職先に就職が決まった、あるいは決まりそうな労働者が、個人情報の提供についての同意を求められて、自由に拒否できるはずがない。この制度は、たとえ本人の同意を要件とするとしても、個人情報保護法の潜脱、従業員のプライバシーの侵害になるものであり、認めることができない。

4 国家資格のマイナンバー登録義務付け

 整備法案要綱の第58項に次の法改正が提案されている。
 「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律の一部改正(整備法案第五十六条関係)医師、看護師等の免許に関する事務、保育士等の登録に関する事務等において、個人番号を利用できるようにするとともに、情報提供ネットワークシステムを利用した情報連携を可能とするものとすること。その他所要の改正を行うものとすること。」
この国家資格には、税理士なども含まれ、全部で32の資格が、マイナンバーと紐づけられることになる。なぜこの32の国家資格が対象になっているのか、国会議員が内閣府の担当者に尋ねたところ、「税・社会保障・災害等に係る」職業だという説明だったということであるが、資格数が将来拡大していく可能性は政府も否定していない。有資格者がどの自治体に何人いるかを把握するということが目的とされていると説明されているが、額面通りには受け止められない。どんな時にマイナンバーを使うのか、税や社会保障、災害というけれど、そこに見え隠れするのは、有事すなわち戦争の時にマイナンバーが活用され、これらの職業の人々を動員しようとする国の意図である。

5 特定商取引法等の改正にも問題

 消費者庁は、特定商取引法の訪問販売等の取引類型(通信販売を除く)全部と特定商品預託法の預託等取引契約について、オンライン契約と対面契約とを区別することなく、契約書面や概要書面の交付義務に関して、「消費者が承諾した場合」を要件として電子化を認める法案を準備している。この方針は、デジタル社会の推進の名の下に、特定商取引法等の書面交付義務の消費者保護機能を低下させることとなる書面の電子化を、十分な補完措置の検討もないまま、しかもオンライン取引とは関係がない対面型の取引類型にまで広げようとするものである。
 契約のスピードを抑制し、慎重な判断を促すことこそが特定商取引法の消費者保護の趣旨であった。セールストークを信じている消費者が、パソコンなどで不利な項目を探し出せるか疑問である。デジタル書面を認めるにしても、オンライン完結型の取引に絞ったうえで、画面上の表示方法など具体的な消費者保護策を講じてからにすべきである。
 準備されている法案では、訪問販売等の不意打ち勧誘や連鎖販売取引等の利益収受型勧誘の取引類型全体に書面の電子化を認めようとするものであり、到底容認できないものである。

6 警察による共有情報へのアクセスをフリーパスとしない制度的保障が必要であること

 警察は、運転免許システムという最大の個人情報システムを管理運用してきたが、厚労省が所管していた保険証システムとともに、マイナンバーシステムの下に統合化されようとしている。
デジタル庁は、「首相直轄の組織」として内閣府に置かれるが、内閣官房に置かれた内閣情報調査室という情報機関と緊密な関係を持つことが予想される。
内閣情報官を長く務め、現在国家安全保障局長の任にある北村滋氏は、「内閣総理大臣と警察組織一警察制度改革の諸相」(安藤忠夫、國松孝次、佐藤英彦編 『警察の進路~21世紀の警察を考える~』 所収 平成20年 東京法令出版)と題した長大な論文において、戦後の警察制度改革の歴史的な経過を跡付けたうえで、次のように述べている。

「以上述べてきたとおり、内閣総理大臣の国の警察行政機関に対する関与の在り方は、両者の関係を規律する法律により区区であり、特に、緊急事態における警察行政機関に対する内閣総理大臣の直接的な統制等の有り様を見るとき、従前の通説のように、両者の関係を表す「所轄」を「指揮命令権のない監督というべく、指揮監督よりは更に弱いつながりを示すものである。」と一概に断じ得るかについては、一考を要するのではないか。」
これは、内閣総理大臣を介して政府と警察組織の直接の指揮命令関係がありうるものと論じようとしているようにみえる。
さらに、同論文は次のようにまとめられている。
 「戦後の新たな警察制度構築に向けた総司令部と内務省当局との聞の交渉は、戦前・戦中と統治機構に君臨した内務省自体の解体と大日本帝国憲法下における国体護持の支柱と考えられた国家警察の徹底した分権化を目指す総司令部、そして、この内務省自体を換骨奪胎し、現行憲法に適合する形で存続させ、さらに、警察機構についても引き続きその影響下に置こうとする内務省当局との蟻烈な折衝の過程ということができる。(中略)マッカーサー書簡により裁定され、また、旧警察法により具現化された新たな警察の有り様は、当時の内務省警保局の予想をはるかに上回る徹底した分権化、民主化を図るものであった。しかしながら、現実を無視した理念先行の改革は、結局、我が国の風土、そして、治安の現場に根づくことはなかった。(中略)現行警察法下における警察の中央機構に対する改革提言は、第一次臨調を最後として、地方行政をいわば切り口とし、内務省類似の組織として、国の警察組織と地方行政の管理部門とを統合するという考えはむしろ少数となり、その意味で、「内務省の復活」は、過去のものとなりつつあると言えるのではないか。
 むしろ、近年においては、内閣の危機管理機能を強化するという観点から、警察、海上保安、麻薬取締り、そして入国管理といった治安保安機構を統合するという考え方が大きな趨勢であり、こうした傾向は、行政改革会議における議論においても明らかになっている。また、中央省庁等改革において、国家公安委員会が内閣府の外局として位置付けられることとなった経緯においても、その論拠として緊急事態における内閣総理大臣と国の警察組織との関係が挙げられたことにも注目すべきであろう。
一方、内閣の危機管理機能が強調されればされる程、また、行政改革会議の中間報告のように、仮に国家公安委員会の下に治安保安機構が統合されるような方向となれば、合議制である行政委員会一般に内在する問題としての国家公安委員会の意思決定における迅速性の限界や国家公安委員会と内閣の首長たる内閣総理大臣との意思疎通の在り方等が問題とされる局面も生じてこよう。」

 2019年7月15日、札幌で参院選の演説をしていた安倍首相にヤジを飛ばした市民が強制排除されるという事件が発生した。総理に不快な思いをさせないために、総理の演説に対するヤジは取り締まるように、全国の警察組織に対する指令が出ていたとすれば、このような警察権の行使は警察組織の政治的中立性を定めた警察法2条に明らかに違反する。
 総理の目となり、耳となって官邸を支える内閣情報調査室は、実質的には警察機構のトップに君臨しながら、警察組織ではないという理由で、警察法の軛を免れ、官邸の私兵(官邸ポリス)化してきた。そして、安倍政権で長く内閣情報官を務めてきた北村滋氏が、国家安全保障局の局長に就任した。初代の内閣情報官を務めた杉田和博氏が官房副長官として内政を、国家安全保障局長の北村氏が外政を担当することで、菅政権の下で両名とも留任している。内閣の危機管理機能強化を唱え、官邸・内調と並んで内閣総理大臣を長とし、デジタル情報を集約するデジタル庁が内閣府を構成する官庁としてすべての省庁に君臨するような形になれば、「内務省」をもしのぐ怪物的な機関が誕生してしまう恐れがある。
今回の法案においては、デジタル庁が集約した情報は、 官邸・内閣情報調査室を介して警察庁・各都道府県警察と共有される可能性が否定できない。すくなくとも、このことを確実に抑止するシステムとなっていることが確認できることが必要である。個人情報保護委員会が、このような危惧に対してどのような権限を持ち、歯止めとして機能することができるのかも十分説明されていない。

7 地方自治体による分権的個人情報保護システムが無に帰す可能性がある

 これまでも、複数の公共団体にまたがって転院した場合の医療記録の共有が困難である等、分権的な個人情報保護システムの問題は指摘されているところではあるが、そのような問題点は個別法の制定によって解消してきた。しかし、法案は、このような個別的対処ではなく、行政が有する個人情報すべてについて、我が国の分権的な個人情報保護システムの在り方を根本から転換し、国による統一的な規制を行うこととした。このような制度は、各公共団体において、住民との合意のもとで構築してきた独自の個人情報保護の在り方を破壊し、公共団体による先進的な個人情報保護制度の構築を後退させるものになりかねない。自治体において収集した個人情報をどのように管理するかは、自治事務の一環であり、国がこれを一方的に支配・統合することは、地方自治の本旨に反する可能性がある。
 特に、近時においては行政事務の外部委託が急激に進められており、行政が取り扱う個人情報の管理を民間企業が担う場面が今後さらに増えていくと考えられる。そうすれば、当然、統合・集約された個人情報に民間企業がアクセスしたり、意図しない流出が生じたりする危険性が高まる。また、自治体の情報管理システムの統一化・平準化を行い、現在は国からは独立して運営されている地方公共団体情報システム機構(J-LIS)及び情報処理推進機構(IPA)も国が管理することとされている。かかる統一管理は、分散型管理よりもサイバー攻撃に対して脆弱であり、情報漏洩が起きた際の被害も甚大なものとなる恐れがある。
 情報科学技術の発達により、行政のデジタル化自体は進められるものとしても、これによって市民の個人情報保護がおざなりとなることはあってはならず、上記のような我が国の個人情報保護制度の構築経過からすれば、公共団体による独自の個人情報保護制度をないがしろにすることは許されない。法案は、行政の効率化を名目に、国による統一管理を推し進めるものであり、人員体制の充実など、本来是正が求められる課題から目を背けるものと言わざるを得ない。

8 日本に欠けているプライバシー保護のための監督制度

 社会のデジタル化は趨勢であるとしても、日本の法制度には、デジタル化に対応して、個人のプライバシーを保護するための基本的な制度が欠けている。デジタル庁を創設し、これほど大規模な法改正を行うのであれば、次のような問題を解決することを含め、個人のプライバシーを保護するための基本的な制度の整備が同時に行われる必要がある。
(1) 公権力が、自ら又は民間企業を利用して、あらゆる人々のインターネット上のデータを網羅的に収集・検索する情報監視を禁止する法制度がないこと。
(2) 監視カメラ映像やGPS位置情報などを取得し、それを捜査等に利用するに際して、これを適正化するための法規制がないこと。
(3) 捜査機関による通信傍受の対象犯罪が著しく拡大し、また会話傍受を可能とする立法も準備されている。にもかかわらず、通信傍受の適正な実施について、独立した第三者機関による監督が制度化されていないこと。

9 個人情報保護委員会による監督権限を強めることが必要である

 この法案では、個人情報の保護については、統合された個人情報保護委員会に民間企業、公的機関、行政機関の全体の監督を委ねている。
 まず、この個人情報保護委員会に、十分な政府からの独立性、権限、専門のスタッフ、財源を保障し、その機能を強化することが必要不可欠である。すくなくとも、個人情報の不適切な収集と共有を未然に防止するとともに、情報が適切に利用されていることを監視することができるためのシステムが必要である。
 そして、公表されている資料だけでは、個人情報保護委員会は、公的機関に対しては、不服申し立てに対応し、不適切な個人情報の扱いについて「勧告」できるとされているのみで、民間企業に対しては認められている「命令」を発することはできないようである。

10 特定秘密の指定と情報機関の活動に対する特別の監視機関が必要である

(1) 情報機関に対する監視システムが必要
 アメリカには、特定秘密の指定を是正する複数のシステムが機能しており、いったん特定秘密に指定された情報の多くが、一般に公開されている。
 また、ドイツやオランダには、情報機関の集めた情報を見て、不適切な情報が秘密指定されていればこれを公開させ、あるいは、誤った個人情報が収集されていればこれを訂正させる権限を持ったさまざまな国家機関が活動している。
(2) 特定秘密の指定に対する監督は不十分
特定秘密保護法に関連して設立された政府・国会の機関は十分機能しているとはいえない。独立公文書監理監は、秘密を指定する機関からの出向者の集まりで、この機関の活動によって政府の不適切な秘密指定が改善された例はほとんど見られない。全く独立性が欠けているのである。
 これに対して、衆院・参院に設けられた情報監視審査会は一定の独立性があるし、委員は熱心に活動していると評価することができる。しかし、この審査会で多数を占める与党委員が反対すれば、秘密の提示を求めることもできない仕組みとなっており、限界がある。
国の国家秘密に関する活動を適切に監視し、市民に対する違法なプライバシー侵害を未然に防ぐためには、政府から独立し、情報公開と個人情報保護のための強い熱意と専門性を備えた委員から構成される独立監視機関が必要である。
(3) 情報機関の活動に対する監視監督は全く行われていない
国家公安委員会と地方公安委員会の監督は、公安警察活動に対しては機能していない。内閣情報調査室、公 安調査庁や自衛隊情報保全隊の活動についての監視システムは存在しない。
 日弁連などは、これまでも、情報機関(日本には CIA のような中央情報機関はまだないが、公安警察、自衛隊の情報保全隊、法務省の公安調査庁、内閣情報調査室などの情報機関がある。)の活動、特定秘密指定などについて、政府から独立した監視機関を設立する必要があることを提唱してきた。公安警察や自衛隊情報保全隊などの情報機関の活動については、法律により厳格な制限を定め、また個人情報保護委員会とは別個に、独立した第三者機関による監督が必要である。そして、この機関が、職権で、特定秘密や情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見て、是正の勧告や命令までできる機関であることが必要である。

11 実効性ある監視システムの創設のために

 本意見において、多くの政府から独立した監視システムを提案した。デジタル庁を創設するのであれば、その創設と同時にこのような機関を設立することは、絶対不可欠である。
 これらの機関の核をなす、個人情報保護委員会については、権限や組織の充実だけでなく、政府からの独立性の確保のための思い切った政策判断が必要である。
 また、これらのシステムを構成する委員には、人権NGOのメンバー、弁護士、秘密と情報に関する研究者など、政府からは独立した人材が任命されることが必要である。
 日弁連は、2017年10月6日 に「個人が尊重される民主主義社会の実現のため、 プライバシー権及び知る権利の保障の充実と情報公開の促進を求める決議」を採択している。日弁連のこの決議には、デジタル庁の創設にあたって、日本の法制度の中で足りない法制度が、手際よくまとめられている。野党は、日弁連の提案や本意見書をもとに、法案に対する抜本的な修正案を準備し、政府・与党が、このような法案の修正に応じない限り原案には反対するべきである。

以上

2021/02/01
コロナ対策の罰則に反対  法律家団体と医学者、憲法研究者
 国会で急遽問題になった「コロナ特捜法」の改正に、法律家団体と、医学者、憲法研究者が反対を声明している。
全文を紹介する。

 ▼改正新型インフルエンザ等特別措置法案、改正感染症法案・改正検疫法案に対する
                          憲法研究者有志一同による反対声明

 はじめに
 
 2021年1月22日、菅政権は表題の改正法案を閣議決定し、同日、国会に提出した(以下、改正案という)。生命に対する権利、健康で安全な生活を送る権利は憲法で認められており(13条、25条)、その保障こそが政府に課せられた最も重要な役割である。ところが安倍政権や菅政権は人びとの生命や暮らし、雇用を守る政策を適切に果たしてこなかった。これまで政府が行ってきたのは感染防止のための呼びかけや休業要請だけであり、感染防止のために必須の検査体制を整備せず、医療機関への支援も乏しく、感染者の入院や療養施設も極めて不十分なままである。改正法案は不適切なコロナ政策の結果として生じた状況に行政罰、公表などの威嚇で強権的に対応することを可能にする、本末転倒な法案であり、政府の失策を個人責任に転嫁するものである。
 感染防止のためには、「検査による感染者の発見」、「感染者と非感染者の分離」、そして「感染者に対する治療」を適切に施すことが求められる。特措法や感染症法、検疫法を改正するならば、検査体制の確立、医療の確保、無症状者の療養施設の確保などの感染防止治療体制、休業補償や生活保障施策などの施策が最初に明記されるべきである。 
ところが改正案ではこうした施策はほとんど明記されていない。改正案の中心的な内容となっている行政罰、刑事罰、公表などの措置は感染防止に寄与するどころか、かえって感染拡大を招き、医療崩壊、事業破壊、生活破壊を招くだけのものである。さらに、らい予防法と同様、重大な憲法問題を惹起する。
以下、改正法案の憲法問題に言及する。

 1 時短命令や休業命令に対する命令違反
 
 政府がまず行うべきことは、生命や健康で安全な生活を保障する支援や補償であるにもかかわらず、改正案はきめ細やかな支援や補償を明記する代わりに、罰則を伴う「命令」の脅しで時短や休業を強行させる内容となっている。改正案は、「営業の自由」(憲法22条、29条)や「財産権」(憲法29条)を不当に侵害し、生命や生活の権利を奪いかねない内容となっている。
 改正案の罰則は、社会的害悪が明確で悪質な行為だけを「犯罪」として法律で定めることができるという「適正手続主義」(憲法31条)からも問題である。憲法31条は刑事手続の規定であるが、刑事手続の規定も行政手続に準用されることは最高裁判所でも認められること、行政目的達成のために必要最小限の権利・自由の制約しか認められないという「比例原則」に照らせば、改正案に行政罰を設ける憲法上の妥当性には疑問がある。

 2 入院を拒否した感染者への罰則の導入
 
 今回の感染症法の改正案は、新たに都道府県知事による「宿泊療養」「自宅療養」の協力要請を定め、その協力要請に応じない場合に「入院勧告」ができ、入院措置に応じない場合又は入院先から逃げた場合には、「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」を規定している。「懲役」という刑罰は明らかに過重な刑罰で均衡を欠き、「適正手続主義」(憲法31条)とは相容れない。
 「懲役刑」などの「刑事罰」については1月28日に自民党と立憲民主党との間で合意がなされ、刑事罰を行政罰の過料に修正し、「100万円以下の罰金」が「50万円以下の過料」に修正されると報じられている。ただ、こうした修正がなされても、「罰則」を設ける妥当性の問題は解決されない。いま深刻に問題になっているのは、医療崩壊によって、入院ができずに自宅療養を強いられ、医療がまったく受けられず自宅で放置されたまま死亡する事例の多発である。入院措置に応じない人や入院先から逃げた人がどのくらいいるのかも明らかでない。にもかかわらず、こうした罰則を導入することには全く正当性がない。

3  保健所による調査の拒否や虚偽回答への罰則の導入
 
感染症法の改正案では、入院措置の対象となる患者に対する積極的疫学調査に際し、虚偽答弁や調査拒否をした者に対して「50万円以下の罰金」を規定し、感染を疑う正当な理由のある者に対し、都道府県知事による健康状態の報告の求めに応じる義務を規定していた。「50万円以下の罰金」に関しても1月28日に自民党と立憲民主党との合意により、「30万円以下の過料」に修正されたと報じられている。
 このような規定は、罰則を恐れるあまり、感染していること自体や、検査結果を隠す人を増大させる可能性がある。その結果、現在進行している市中感染を抑える効果は期待できない。個人情報やプライバシー権の保障に十分配慮された疫学調査かどうかも不明であり、実際に疫学調査拒否を行なった者がどれくらいいるのかも示されない中で、行政罰を伴う規定の新設には反対する。安易な行政罰の導入は、感染者等に対する差別や偏見を一層助長させる恐れがある。

 4 公表という制裁の前に、医療機関に対する適切な支援などを実施すべき
 
 政府に求められるのは、医療機関に対する財政的な支援、患者を受け入れることができる医療体制の構築である。しかし改正案には財政的な支援などは明記されず、厚生労働大臣・都道府県知事等は、緊急の必要があると認めるときは、医療関係者・民間等の検査機関等に必要な協力を求めることができるとし、当該協力要請に正当な理由がなく応じなかったときは勧告ができ、正当な理由がなく勧告に従わない場合は「公表」できるとしている。
 「公表」という制裁を明記する前に、まずは医療機関に感染症患者の受け入れを可能にする支援体制、受入れ態勢を整備することが求められる。
 そもそも医療機関や保健所が切迫した状況に置かれた根本的な原因は、長年、自公政権が進めてきた、「医療費削減」「医療機関の削減」「保健所削減」などの「新自由主義的政策」にある。今後、政府は憲法25条2項の理念を適切に踏まえて「新自由主義的政策」を転換し、今回のような感染症の拡大にも対応できる医療制度や保健所体制を確保する必要がある。

 5「まん延防止等重点措置」も憲法上、問題が多い
 
 特措法の改正案は「まん延防止等重点措置」を新設し、都道府県知事が一定の事業者に対し、営業時間の変更等の措置を要請・命令することができ、正当な理由なく命令に応じない場合は「30万円以下の過料」を科し、要請・命令したことを公表できるとしている。また、命令の施行に必要な限度で立入検査、報告徴収ができるとし、それを拒否した場合には「20万円以下の過料」を科すことも規定している。1月28日に自民党と立憲民主党との合意では、「30万円以下の過料」が「20万円以下の過料」に修正されたと報じられている。

 そもそも緊急事態を前倒しして「まん延防止等重点措置」を新設する合理性はあるのか不明である。さらに「まん延防止等重点措置」を実施する要件は「政令で定める」としており、その発動は内閣総理大臣の判断に全面的に委ねられている。私権制限や罰則発動の要件となる「まん延防止等重点措置」の要件を政令に白紙委任することは、憲法73条6号からも正当化できない。さらに民主主義国家である以上、私権制限の要件となる「まん延防止等重点措置」について国会の事前承認が改正法案に明記されていない点は極めて問題であり、行政の民主的統制(憲法66条3項、65条等)とも相容れない。国会の事前報告を付帯決議に盛り込む修正で与野党間の合意がなされたとも報じられているが、「国会承認」でない以上、行政の民主的統制が確保されたと言えるわけではない。
 新型コロナウィルスの感染の拡大対処として、この間、飲食店業界イジメの様相を呈してきた営業の自粛・短縮要請が繰り返し行われてきた。このようなときに、要請・命令・公表・行政罰でもっていっそう権力的に事業者の営業の自由に介入しようとする改正案は、事業者に対する支援に必要な財政上の措置その他の措置を効果的に講ずることの義務化を見送った点との兼ね合いからしても、「営業の自由」「財産権」に対する過度の制約であって、違憲の疑いが強い。
 なすべき改正の基本方向は憲法が要求する「正当な補償」(29条3項)を可能にする財政措置の発動であり、生存が侵害されている事業者や人々への救済措置の徹底である。

 6 改正案の見直しの基本線

さらに「立憲主義」「法治国家」という視点からは、特措法の改正に当っては以下の項目も真剣に検討されるべきである。第一に、緊急事態宣言の発出と解除の要件を明確にすること。第二に、緊急事態宣言の発出と解除は国会の事前承認を要件とすること。第三に、現行法では「二年を超えてはならない」(特措法32条2項)とされている緊急事態宣言の期間を短縮すること。第四に、緊急事態宣言の発動と運用に関して第三者的な監視機関を設置し、緊急事態宣言の発動と運用について慎重を期すこと。第五に、両院における新型コロナ対策特別委員会の新設などを含めて、緊急事態宣言に伴う措置の実施状況について適時に国会に報告する仕組みを定めるとともに、緊急事態宣言の発出の根拠および宣言に基づく措置について国民に対して迅速に情報を公開し、広く検証ができる体制を整えること。第六に、科学と政治の役割分担と両者の関係のあり方について、諸外国の経験に学んで現状を検証すること。第七に、国民に対して透明性の高い迅速で定期的な情報提供のシステムをつくること。

 7 おわりに
 
 2021年1月14日、日本医学会連合や、日本疫学会と日本公衆衛生学会が声明を出した。これらの声明で指摘されているように、刑事罰や行政罰により感染症に対応しようとする政策は甚大な人権侵害を伴う一方、感染症阻止には成功せず、かえって感染症へのコントロールを困難にさせてきたことは多くの国が経験してきたことであり、日本も例外ではない。そうした人権侵害に対する反省を踏まえて、感染症法前文では「感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し」と明記されている。
ところが菅政権は上記学会等による学問的知見、ハンセン病患者などへの人権侵害という歴史的教訓を無視・軽視して強行的な政策を進める一方、感染防止のためにとったのは人々への注意喚起に止まった。そもそも、今やるべきことは特別な法整備をしなくても可能なこと、こうした改正案を審議すること自体が貴重な審議時間の無駄遣いになること、第3次補正予算の見直しこそすべきという点も指摘せざるを得ない。そして刑事罰や行政罰、公表を創設しようとした発想は、政府の注意に従わなかった個人や医療機関等に感染責任があるとの発想であり、政府の無策を責任転嫁するものにほかならない。刑事罰が削除されたとしてもこうした批判は当てはまる。また改正案は、生命、自由、幸福追求への権利を保障すべき国の責任を否定するものであり、生存権、勤労の権利、営業の自由、財産権を侵害する。「立憲主義」「法治国家」理念を貫徹する観点からも、菅政権は行政罰、公表などの強制手段を伴う改正案を根本的に見直し、検査体制の確立、医療の確保、無症状者の療養施設の確保など感染防止治療体制、休業補償や生活保障などの施策を明記するべきである。こうした修正がなされない限り、改正案は成立させるべきではない。

【賛同者】 2021年1月30日15時半段階75名

浅野宜之(関西大学教授)麻生多聞(鳴門教育大学教授)足立英郎(大阪電気通信大学名誉教授)
飯島滋明(名古屋学院大学教授)井口秀作(愛媛大学教授)石川多加子(金沢大学准教授)
石塚迅(山梨大学准教授)石村 修(専修大学名誉教授)井田洋子(長崎大学教授)
稲 正樹(元国際基督教大学教授)井端正幸(沖縄国際大学)植野妙実子(中央大学名誉教授)
右崎正博(獨協大学名誉教授)浦田一郎(一橋大学名誉教授) 浦田賢治(早稲田大学名誉教授)
榎 透(専修大学教授)榎澤幸広(名古屋学院大学准教授)大内憲昭(関東学院大学教授)
大野友也(鹿児島大学准教授)岡田健一郎(高知大学准教授)奥野恒久(龍谷大学教授)
大久保史郎 (立命館大学名誉教授)小栗 実(鹿児島大学特任教授)片山 等(国士館大学教授)
金澤 孝(早稲田大学)上脇博之(神戸学院大学教授)河上暁弘(広島市立大学准教授)
菊地 洋(岩手大学准教授)北川善英(横浜国立大学名誉教授・愛知淑徳大学講師)
木下智史(関西大学教授)君島東彦(立命館大学教授)清末愛砂(室蘭工業大学大学院准教授)
倉田原志(立命館大学教授)倉持孝司(南山大学教授)小竹 聡(拓殖大学教授)
小林 武(沖縄大学客員教授)小林直樹(姫路獨協大学教授)小松 浩(立命館大学教授)
近藤 真(元岐阜大学教授)斉藤小百合(恵泉女学園大学教授)笹沼弘志(静岡大学教授)
澤野義一(大阪経済法科大学教授)清水雅彦(日本体育大学教授)鈴木眞澄(龍谷大学名誉教授)
髙佐智美(青山学院大学教授)高橋利安(広島修道大学名誉教授)高橋 洋(愛知学院大学教授)
髙良沙哉(沖縄大学教授)竹内俊子(広島修道大学名誉教授)田島泰彦(元上智大学教授)
建石真公子(法政大学教授)塚田哲之(神戸学院大学教授)
常岡(乗本)せつ子(フェリス女学院大学名誉教授)中川 律(埼玉大学准教授)
中島茂樹(立命館大学名誉教授)長峯信彦(愛知大学教授)永山茂樹(東海大学教授)
成澤孝人(信州大学教授)成嶋 隆(新潟大学名誉教授)丹羽 徹(龍谷大学教授)
根森 健(新潟大学・埼玉大学名誉教授)藤野美都子(福島県立医科大学教授)
古川純(専修大学名誉教授)前原清隆(元日本福祉大学教員)松原幸恵(山口大学准教授)
宮井清暢(富山大学教授)宮地 基(明治学院大学教授)三宅裕一郎(日本福祉大学教授)
村田尚紀(関西大学教授)本 秀紀(名古屋大学教授)結城洋一郎(小樽商科大学名誉教授)
横尾日出雄(中京大学教授)若尾典子(元佛教大学教員)脇田吉隆(神戸学院大学准教授)
和田 進(神戸大学名誉教授)

                                   以上

 ▼特措法等改正案の罰則規定の削除を求める法律家団体の緊急声明
                               2021年2月1日

                   改憲問題対策法律家6団体連絡会            
                      社会文化法律センター   共同代表理事 宮里 邦雄
                      自由法曹団            団長 吉田 健一
                      青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 上野  格
                      日本国際法律家協会        会長 大熊 政一
                      日本反核法律家協会        会長 大久保賢一
                      日本民主法律家協会       理事長 新倉  修

1 はじめに
 「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「特措法」という。)及び「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」という。)の改正案(以下単に「改正案」という。)につき、前者については過料の金額を引き下げる、後者については刑事罰を行政罰とする等の修正を行ったうえ、2月3日にも成立の見通しと、報道されている。  
 しかし、これらの修正では、今回の改正案のもつ本質的な問題は解決しておらず、罰則規定を設けることについては、強く反対する。

2 感染症法改正案の本質的問題-患者に罰則を科すことは、たとえ行政罰であっても許されない
(1)感染症法の理念に反する
 感染症法は、ハンセン病や後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め(前文)、国及び地方自治体の講じる施策は「感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、これらの者の人権を尊重しつつ、総合的かつ計画的に推進される」(2条)ことを基本理念としている。このため現行法上、入院等の措置は「感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため必要な最小限度のものでなければならない」(22条の2)とされており、罰則による強制は予定されていない。
 入院を拒否したり、積極的疫学調査に応じない患者に罰則を科す措置は、上記感染症法の理念に反する。そのことは、刑事罰から行政罰になっても同様である。過料は、裁判所が本人と検察官の意見を聞いて現金の納付を命じる手続き(非訟事件手続法120条2項)によって科され、その本質は、罰則の威嚇による入院等の強制にほかならない。

(2)罰則の必要性(立法事実)が存在しない
 そもそも、入院拒否や入院先から逃げた患者が一定程度存在し、そのことによって感染が拡大した事実は存在しない。つまり罰則が必要とされるだけの立法事実は存在しない。

(3)感染症対策にとっての弊害
 また、罰則を科すことによって、検査を受け控えることを誘発し、その結果、かえって感染状況の把握自体が困難になり、感染を拡大することになりかねない。さらに罰則を伴う強制は国民に恐怖や不安、差別を惹起することに繋がり、感染症対策として不可欠な国民の主体的で積極的な参加と協力を得ることを著しく妨げる恐れがあるなど、感染症対策としても弊害をもたらすものといわざるを得ない。
 今回の改正案については、日本医学連合会をはじめ関係学会・団体等多くの医療関係者から罰則そのもののについて反対の意見が表明され、厚生科学審議会感染症部会においても多数の専門家から罰則に対する反対や懸念が表明されていたものである。全国保健所長会が、罰則を振りかざした脅しで住民の私権を制限することになり、住民目線の支援に支障を来すおそれがあるとして、罰則導入について慎重な検討を求めている。このような医療関係者や現場の声、専門家の意見を無視することは到底許されるものではない。

(4)小括  
 以上のとおり、患者に行政罰を科すことは、その必要性がなく、患者の人権制限の必要最小限度の原則にも反し、かえって感染症対策にとって弊害が大きいことから、罰則規定はすべて削除すべきである。

3 「特措法」改正案の本質的問題-事業者に罰則を科すことは金額の多寡にかかわらず許されない。
(1)営業の自由(憲法22条1項)、財産権の保障(憲法29条)等に違反
 「特措法」改正案は、緊急事態宣言下、あるいは「まん延防止等重点措置をとった場合に、都道府県知事の営業時間の短縮や休業の命令に違反した事業者に対し、罰則(過料)を科し、このことにより時短や休業を強制するものである。しかし、現在の時短要請に応じられていない事業者は、倒産や廃業の危機に直面しており、要請に従いたくても従えないというのが大半である。この中で求められるのは、時短あるいは休業に伴う減収分を行政が適切に支援、補償し、安心して要請に従うことのできる環境を整備することである。   
 これらの必要な対応を抜きに、罰則で有無をいわさず強制することは憲法13条、22条1項、25条、29条に反するものといわなければならない。
 また罰則を設けることにより、市民相互の密告や監視を招き、差別や偏見分断を助長しかねず、自由な市民生活に対する重大な阻害要因となる恐れがある。  
 問題の本質は、政府等が十分な補償等を行わないまま、罰則で時短や休業を強制することそのものであり、過料の金額の多寡では全くない。

(2)行政権力の市民生活への広範かつ過度の介入と濫用の危険
 さらに重大な問題は、違反者に罰則を科すことによって不可避的に生じる違反者の摘発、取り締まりの問題である。
 ア 特措法改正によって新設される罰則は、緊急事態宣言の下、あるいはまん延防止等重点措置下で発せられる都道府県知事の発する時短、休業等の措置命令に違反した事業者等が対象となっている(79条、80条)。この対象となる事業者の範囲は、学校、社会福祉施設、興行場、その他政令で定められており(特
措法45条2項)、特措法施行令11条は、飲食店、喫茶店その他設備を設けて客に飲食をさせる営業が行われる施設のほか、劇場、観覧場、映画館又は演芸場、集会場又は公会堂、展示場、百貨店、マーケットその他食品等を除く物品販売業を営む店舗、ホテル又は旅館、体育館、水泳場、ボーリング場その他の運動施設又は遊技場、博物館、美術館又は図書館、キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールその他遊興施設、理髪店、質屋、貸衣装屋その他これらに類するサービス業を営む店舗、自動車教習所、学習塾その他これらに類する学習支援業を営む施設と極めて広範囲に及んでおり、小規模店舗・施設であっても必要
であれば対象とされる。このように、法令上都道府県知事の措置命令の対象、したがって罰則の対象は、きわめて広範囲の事業者等に及ぶことになる。
 イ また、改正案では、都道府県知事は、その職員に、当該営業所、事業所等に 立ち入り、業務の状況や帳簿、書類等の物件を検査させ、若しくは関係者に質問させることができるとされている(特措法改定案72条1項、2項)。さらに、「都道府県知事は、当該都道府県警察に対し、新型インフルエンザ等対策を実施するため必要な限度において、必要な措置を講ずるよう求めることができる」(同案24条7項)のであるから、立ち入り検査等に際し、トラブル防止等の名目で警察の同行を求めることなどの運用の危険がある。
 実際にも、「立入り等の行使は、法の施行に必要な限度で行いうるものであり、行政上の指導、監督のために必要な場合に、法の目的や他の行政目的のために使うことはできない。
 例えば、経営状況の把握のために会計帳簿や経理書類等の提出を求めたり、保健衛生上の見地から調理場等の検査を行うこと等は、認められない」(警視庁生活安全局長「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律等の解釈運用基準について」2019年12月22日付88頁)とされているにもかかわらず、昨年7月9日、菅内閣官房長官(当時)は、テレビで「風営法(風俗営業法)で立入検査ができる。そういうことを思い切ってやっていく必要がある」と発言、その後7月16日、警視庁は風営法に基づいて新宿歌舞伎町や池袋のキャバクラやホストクラブに都職員と立入調査をした。
 菅内閣官房長官、西村経済再生担当大臣、小池百合子東京都知事は、行政調査に於ける「他目的利用の禁止原則」や「比例原則」に反し、コロナ感染対策ためとして風営法を根拠に警察に立ち入り調査をさせ、さらには「行政指導」までさせた。警察にこうした違法・越権行為、威嚇をさせたことに飲食業界等からは抗議の声が上がっている。
 とりわけ「まん延防止等重点措置」発動の要件は、「政令」で定めることとされており、対象となる事業者等は前述のとおり、極めて広範囲に及んでいることから、警察を含む公権力による市民生活への過度で広範な介入を許す危険があり、上記の例にみるとおり濫用の危険が極めて高い。これは罰則を導入することによって不可避的に生じる問題であり、過料の金額の多寡とは全く関係がない。

(3)小括
 以上のとおり、補償もなく事業者に対して罰則を科して休業、時間短縮等を強制することは、憲法22条1項、29条等に違反し、また市民生活への行政権力の過度の介入や濫用による人権侵害の怖れもあることから、罰則規定はすべて削除すべきである。

4 結語
 以上のとおり、罰則による強権的な手段を用いて私権を制限することは、そもそも立法事実を欠き違憲の疑いがあるうえ、行政権力の市民生活への過度の介入をもたらすなど、憲法上重大な問題をはらむ。行政罰(過料)にしても、過料の金額を修正しても、問題の本質は変わらない。
 以上より、罰則規定はすべて削除することを強く求める。
 なお、改正法案は、罰則規定の問題のほかにも、「まん延防止等重点措置」の発動要件を政令で定めるとしていること、国会による統制が規定されていないことなど問題が多く、十分な審議と修正が必要であって、附帯決議等で拙速に法案を成立させることは絶対にあってはならないことを付言する。       
                                         以上


▼感染症法等の改正に関する緊急声明
                                2021年1月14日

                         一般社団法人日本医学会連合 会長 門田 守人

 現在、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法)等の改正が検討されています。報道や政府与野党連絡協議会資料によれば、「新型コロナウイルス感染症の患者・感染者が入院措置に反したり、積極的疫学調査・検査を拒否したりした場合などには刑事罰や罰則を科す」とされています。

 日本医学会連合は、感染症法等の改正に際して、感染者とその関係者の人権と個人情報が守られ、感染者が最適な医療を受けられることを保証するため、次のことが反映されるよう、ここに声明を発します。

 1) 感染症の制御は国民の理解と協力によるべきであり、法のもとで患者・感染者の入院強制や検査・情報提供の義務に、刑事罰や罰則を伴わせる条項を設けないこと。
 2) 患者・感染者を受け入れる医療施設や宿泊施設が十分に確保された上で、入院入所の要否に関する基準を統一し、入院入所の受け入れに施設間格差や地域間格差が無いようにすること。
 3) 感染拡大の阻止のために入院勧告、もしくは宿泊療養・自宅療養の要請の措置を行う際には、措置に伴って発生する社会的不利益に対して、本人の就労機会の保障、所得保障や医療介護サービス、その家族への育児介護サービスの無償提供などの十分な補償を行うこと。
 4) 患者・感染者とその関係者に対する偏見・差別行為を防止するために、適切かつ有効な法的規制を行うこと。

 以下にこの声明を発出するにいたった理由を記します。

 現行の感染症法における諸施策は、「新感染症その他の感染症に迅速かつ適確に対応することができるよう、感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、これらの者の人権を尊重しつつ、総合的かつ計画的に推進される」ことを基本理念(第2条)としています。
 この基本理念は、「(前略)我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている(同法・前文)」との認識に基づいています。

 かつて結核・ハンセン病では患者・感染者の強制収容が法的になされ、蔓延防止の名目のもと、科学的根拠が乏しいにもかかわらず、著しい人権侵害が行われてきました。上記のように現行の感染症法は、この歴史的反省のうえに成立した経緯があることを深く認識する必要があります。また、性感染症対策や後天性免疫不全症候群(AIDS)対策において強制的な措置を実施した多くの国が既に経験したことであり、公衆衛生の実践上もデメリットが大きいことが確認済みです。

 入院措置を拒否する感染者には、措置により阻害される社会的役割(たとえば就労や家庭役割の喪失)、周囲からの偏見・差別などの理由があるかもしれません。現に新型コロナウイルス感染症の患者・感染者、あるいは治療にあたる医療従事者への偏見・差別があることが報道されています。これらの状況を抑止する対策を伴わずに、感染者個人に責任を負わせることは、倫理的に受け入れがたいと言わざるをえません。

 罰則を伴う強制は国民に恐怖や不安・差別を惹起することにもつながり、感染症対策をはじめとするすべての公衆衛生施策において不可欠な、国民の主体的で積極的な参加と協力を得ることを著しく妨げる恐れがあります。刑事罰・罰則が科されることになると、それを恐れるあまり、検査を受けない、あるいは検査結果を隠蔽する可能性があります。結果、感染の抑止が困難になることが想定されます。
 以上から、感染症法等の改正に際しては、感染者とその関係者の人権に最大限の配慮を行うように求めます。
                                       (了)



2020/10/11
日本学術会議会員の任命拒否問題(3団体のアピールと声明)
 誕生した菅義偉内閣は、「安倍内閣の継承をしっかりやりたい」「自助、共助、公助による国作り」と、新自由主義を一層進める政治姿勢を明らかにしたが、その初仕事になったのが、日本学術会議会員の任命に当たって、政府に都合の悪い発言をしてきた6人の学者の任命を拒否したことだった。学術会議は説明を求める要請をしたが、多くの民主団体が、抗議のアピールを発表した。
日本学術会議会員の任命拒否問題に対する3団体からのアピールと表明を紹介
  1. 世界平和アピール七人委員会
  2. 日本民主法律家協会
  3. 日本ジャーナリスト会議

日本学術会議会員の任命拒否は許容できない


             世界平和アピール七人委員会
         武者小路公秀 大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晋一郎 髙村薫 島薗進
                                    2020 年10 月7日

 日本学術会議(以下学術会議と略)は、2020年10月1日から3年間の新しい期(第25期)を開始した。10月2日の総会第2日に菅義偉内閣総理大臣に「推薦した会員候補者が任命されない理由」の説明を求め、「推薦した会員候補者のうち、任命されていない方について、速やかな任命」を求めることを決定して要望書を提出した。
 これは、学術会議が日本学術会議法に基づいて手順を重ねて105人の新会員候補を8月末に推薦したのに対し、内閣総理大臣が6人を外して任命し、除外の理由の問い合わせに答えないことが判明し、科学者の間だけでなく社会的に大きな批判の波紋が広がっているのに、「判断を変えることはない」と強弁し続けていることに対するものである。
 私たちはこの要望書を支持する。

 学術会議は、日本学術会議法によって規定された、わが国の科学者を内外に対して代表する機関であり、科学の発展を図り、我が国の行政や産業、社会に科学を反映浸透させ、政府や社会に対して助言や提言を行なう役割を担っている。首相の所轄ではあるが「独立した機関」として職務を行なうものとされ、自律性を担保するため、会員はあくまで学術会議の「推薦に基づいて」内閣総理大臣が任命することが定められている。

 今回の首相による恣意的な会員任命拒否は、日本学術会議法と明白に矛盾し、選挙制度から推薦任命制度に法律改定された際の「人事に介入しない」旨の国会答弁とも合致しない。
 首相は、「(会議の)総合的、俯瞰(ふかん)的活動を確保する観点から」人事を判断したと述べたが、これは説明になっていない。学術会議による会員の選考推薦は、規則に従ってさまざまな学術分野、地域、ジェンダー、経歴、能力特性等を考慮し、まさに総合的・俯瞰的な観点から責任をもって行われており、この人選は政治家や官僚によってなしうるものではない。

 学術会議は、「科学者の代表機関」の重みと社会に対する責任を一層自覚し、外部の声にも耳を傾け、自ら改革を重ねていかなければならず、それは必ず可能であると考える。
 今回の人事介入のようなことがまかり通れば、学問の自由だけではなく、思想・良心の自由や表現の自由も脅かされる。どんな命令でも、理由は聞かず黙って従えというのであれば、社会は委縮し、多様性は失われ、全体主義国家に向かいかねないので、けっして容認できるものではない。

菅内閣総理大臣による日本学術会議推薦の会員候補者の任命拒否に強く抗議し
            日本学術会議の「要望書」を支持する声

                               2020年10月9日
                  日本民主法律家協会
                  理事長 

 2020年10月1日、菅義偉首相は、日本学術会議(以下「学術会議」という)が第25期・第26期の会員として推薦した候補者105名のうち6名の任命を、理由も明らかにしないまま拒否した。
 推薦された会員候補者が任命されなかった前例はなく、前代未聞の暴挙である。
 日本民主法律家協会は、菅首相による学術会議会員候補者の任命拒否に強く抗議する。

1 任命拒否は違法である―内閣総理大臣の任命は形式的

 学術会議は、科学者が戦争に協力したことの反省から1949年に設立された「特別の機関」であり、所轄4内閣府に移された現在でもその性格に変わりはない(内閣府設置法40条3項)。日本学術会議法は「わが国の科学者の内外に対する代表機関」として「科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的」とし(法2条)、科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ることなどの職務を「独立して」行うと定めている(法3条)。「独立」とは、特に政府、政治権力から干渉やコントロールを受けないことを意味し、国民に直接成果を提供し、ひいては全人類の幸福に寄与するという国際的に認められた科学者の自由を尊重する立場から、政府に対し、種々の勧告をする権限も有している(法5条)。
 学術会議は「内閣総理大臣の所轄とする」とされている(法1条2項)。「所轄」という用語は「統括」と明確に区別され、一般の省庁が「内閣の統括の下」(国家行政組織法1条・2条)に置かれ、内閣の指揮監督を受けるのに対し、人事院や公正取引委員会など独立性を保障された組織の場合には「所轄」の用語が使われ、内閣の直接の指揮監督を受けないことを意味する。こうした規定の仕方からも、学術会議が独立性を保障された機関であることは明らかと言える。この点、1983年、会員の選任方式を選挙制から推薦制に改正する際の国会審議に際し、総理府(当時)が作成した「日本学術会議関係想定問答」(1983年5月2日付)は、「問17」「内閣総理大臣は所轄機関である日本学術会議に対し、いかなる権限を有するのか。」との問を想定し、「答」として、「特に法律に想定するものを除き、内閣総理大臣は、日本学術会議の職務に対し指揮監督権を持っていないと考える。」と明確に述べている。そして、例外として法律が想定する事項として、「指揮監督権の具体的内容としては、予算、事務局職員の人事及び庁舎管理、会員・委員の海外派遣命令等である。」と具体的に挙げている。
 このように、学術会議が政府からの独立を基本とする自律的組織であるため、内閣総理大臣が学術会議の会員を任命するに際しては、学術会議が「優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を…推薦」し(17条)、「17条の推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」(法7条2項)とされている。会員候補者の選考基準が「優れた研究又は業績」という学術の専門家でなければ判断できない学術会議の会員に共通する基準であることから、これを尊重することから当然に内閣総理大臣の「任命」は形式的なものと解せざるを得ず、任命の適否について内閣総理大臣に実質的審査権はなく、内閣総理大臣は学術会議の推薦のとおりに会員を任命しなければならないと解される。
 上記の解釈は、1983年改正の国会審議で、中曽根康弘総理大臣や当時の政府委員から、「総理大臣の任命は形式的なものであって、会員の任命を左右するものではない」旨が繰り返し答弁され、以後、学術会議の推薦する候補者がすべて任命されてきたことからも明らかである。
 また、法は、内閣総理大臣は、会員から病気等の理由により退職の申出があった場合にも、「学術会議の同意」がなければ辞職を承認することができないと定め(法25条)、さらに会員に不適当な行為があった場合ですら、「学術会議の申出」に基づかなければ会員を退職させることができないと定めている(法26条)。これらの定めも、法が内閣総理大臣に実質的な任免権限を認めていないことの表れである。
 したがって、このたびの菅首相による新会員候補者6名の任命拒否は、日本学術会議法の解釈を誤ったものであり、違法と断ぜざるを得ない。

2 学問の自由(憲法23条)を侵害するものである

 今回の任命拒否が、仮にも拒否された会員候補者の学問研究内容ないし学問的知見の表明を理由とするものであるならば、それは各会員候補者の学問の自由(憲法23条)を侵害するものであることは言うまでもない。のみならず、民主主義国家の根本をなす基本的人権である思想・良心の自由(憲法19条)、表現の自由(憲法21条)を侵し、一定の信条を持つことを理由とする差別である点で法の下の平等(憲法14条)をも侵害する。
 また、学術会議は、全ての学術分野の科学者を擁し、政府から独立して、幅広い学術分野の知見を動員して課題に関する審議を行い、政府や社会に対してその成果を提示し、研究のための予算等について政府の諮問に答え、科学の振興発達を図るための方策、科学研究者の養成に関する方策等について、政府に勧告する権限を有する(法3条ないし5条)。
 このような学術会議の職務に鑑みるならば、学術会議の独立性は、全ての学術分野の科学者が政治権力からの圧力や干渉を受けることなく、とりわけ学問研究の基盤に関わる課題についての総意を政府に正しく反映させることによって、科学者や学術機関および教育機関が闊達に社会的に有用な活動を実施する上で基盤となる制度であって、それ自体、憲法23条が保障する学問の自由を制度的に保障するものであり、この点において大学の自治の保障と同質の意義を有すると言わなければならない。
 したがって、政府が人事に介入して学術会議の独立性を害することは、学問の自由を侵害し、かつ、研究者を含む市民が一律に享受すべき精神的自由や平等権に対する重大な侵害と言うべきである。

3 理由を明らかにすべきである

 菅首相が、内閣総理大臣には会員を選考する権限がないにもかかわらず6名の任命を拒否したことは、いかなる理由があっても許されない違法行為であるが、105名のうち特定の6名の任命を拒否したことには何らかの具体的な理由があったはずである。ところが菅首相は、「総合的、俯瞰的活動を確保する観点から」などと発言するのみで、その理由を明らかにしない。
 菅首相は、特定の6名を排除した具体的な理由を学術会議及び国民の前に明らかにし、検証と批判の機会を与えるべきである。

4 安倍政権を継承した菅政権による違法不当な人事政策を許さない

 2012年12月から7年8か月に及んだ安倍政権は、内閣人事局を設立して官邸に忠実な官僚のみを優遇し、集団的自衛権行使を容認するため内閣法制局長官を交代させ、日銀総裁やNHK会長も政権に都合のよい人物に交代させ、さらには最高裁判事についても、日弁連推薦の候補者を拒絶し、4名の弁護士枠を実質3名にするなど、国家の枢要な人事に露骨に介入してきた。さらに、圧倒的多数の市民の反対により挫折したが、政権の意に沿う検察人事を可能とする検察庁法の改正をも企画した。
 このたびの学術会議会員候補者に対する違法な任命拒否は、安倍政権の継承を謳う菅政権が、人事政策をも継承し、科学や学問を政権に従属させようとする企みに他ならず、絶対に許すことができない。
 学術会議が科学者の戦争協力への反省から生まれたことを顧みるならば、学術会議の独立性を守ることは、国民の人権を守り、戦争への道を阻むことである。

5 日本学術会議の要望書を支持し、6名の任命拒否が撤回されるまで断固として闘う

 10月2日、学術会議は、菅首相に対し、
①任命されない理由を説明していただきたい
②任命されていない方について速やかに任命していただきたい
の2点を要望する「要望書」を提出した。

 日本民主法律家協会は、学術会議の毅然とした対応に心からの敬意を表し、上記「要望書」を支持し、全国の学者・研究者・法律家・多数の国民と連帯し、憲法を侵害し、違法不当な6名の任命拒否が撤回されるまで、断固として闘うことを宣言する。
                                以上

菅首相に任命拒否撤回と理由、根拠の説明を求める


                    2020年10月5日
                             日本ジャーナリスト会議

 菅義偉首相が、日本の各分野を代表する学者が集い、政府から独立した立場で提言などを行う「日本学術会議(会員210人)」の3年ごとの半数改選にあたり、同会議が推薦した105人の新会員のうち6人の任命を拒否した。同会議は菅首相に対し、6人の速やかな任命と任命拒否理由の説明を求めている。日本ジャーナリスト会議は同会議の要請を支持し、菅政権に「任命拒否を撤回し、6人をただちに任命すること」、「拒否の理由と根拠を、国民の前で速やかに説明すること」を求める。

 「学者の国会」とも言われる同会議が1949年、独立機関として設立されたのは、滝川事件や天皇機関説事件など、戦前の権力による学術研究や論説への侵害、統制の反省によっている。それゆえに「日本学術会議法」で独立性が保証されている。
 今回の問題の「推薦制」は中曽根政権下の1983年に導入されたが、首相による任命は、天皇の首相任命と同様の「形式的任命行為」にほかならない。そのことは当時の国会議事録でも、「法解釈上も政府側が『拒否、干渉しない』仕組み」と明言され、与野党合同で提出した付帯決議も可決されている。
 だが今回、加藤官房長官は「法律上、推薦の中から選ぶことになっている」「義務的に任命しなければならないというわけではない」と、すり替えた。

 10月2日の野党合同ヒアリングでは内閣府と内閣法制局が、「2019年に合議し、解釈を『確定』させた」と回答したが、解釈変更の有無は答えず、「義務的に任命しなければならないわけではない」と加藤発言をなぞった。
 だとすれば、第二次安倍政権7年8カ月の負のレガシー、「その時々の政府の都合で法解釈を変えてしまう」手法が繰り返されている疑いはぬぐえない。今回の任命拒否は、「人事問題ではなく、政治と学術の関係に対する菅政権の政治的介入」に他ならない。菅首相には責任ある説明が求められる。
 さらにその後、今年9月にも内閣府が法制局に照会していたことや、2016年にも日本学術会議の会員補充人事に、政府が推薦候補の差替えを要求するなど、介入を図ったことなども明らかになってきた。

 菅政権による日本学術会議への介入は明らかに不当であり「違法」だ。日本ジャーナリスト会議は、「#日本学術会議への人事介入に抗議する」多くの人たちとともに、菅政権の暴挙に抗議する。

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