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2026/02/23
改憲も「フルスピード」で、か
 第2次高市政権スタートのキーワードはいくつかあろう。私は「スピード」かと思う(20日の施政方針演説にはでてこなかったが)。

 自民圧勝直後の政権からの発信でいちばんはっとしたのは、2月11日朝日が伝えた政権幹部の次の言葉だ。「首相がやるといったものは全部、フルスピードでやる」

 「フルスピード」でまず思いつくのは、電光石火ともいえる解散から総選挙だ。あれよあれよだった。もう一つ、「予算の年度内成立」だ。3月31日までに衆・参を通す。この記事を発信する22日(日)段階では見通せてはいない。が高市は諦めていない、策を練っていると見た方がいい。

 さて改憲である。実は首相は昨年秋の所信表明演説で「私の任期中の国会発議」を口にしていた。両院とも与党過半数割れの時期で、それは「希望表明」ではあった。しかし衆院で単独3分の2以上を現実にして、今回は「任期中」を使わなかった。首相の任期が「自民総裁3年、うち石破1年」だから、「27年秋」まで、2年ない。「任期中」と言い切らなかった事情はもう少し探らないといけないが、今回の施政方針演説は「国会における発議が早期に実現されることを期待します」という表現になった。

 高市はどうするか。28年の参院選を前倒しすることはできない。ただ一般論として「参院で3分の2」の合意を得る改憲案をまとめられないか、高市の模索はこのあたりにあるのではないか。

 現に昨秋の自民・維新合意は改憲について「緊急事態条項について2026年度中に(27年3月まで)に条文案の国会提出を目指す」となっている。「目指す」とあるからには何もしないわけにはいくまい。国民、参政、みらい、そして公明までもみすえて「参院でも3分の2」が合意できる案文を考える-そんな目算がないとは言い切れない。

 「26年度」というとまさに今年後半が正念場だ。実は筆者は昨年、情報誌『選択』4月号で、政界の一部で「26年国民投票」が構想されていると伝えた。26年は大きな国政選挙・一斉地方選がない、とみられていたからだろう。でもそれから10カ月、「総選挙はすでに済んだ。1年は大きな選挙はない。自・維合意を実行するときだ」という流れが急速に強まらないとも限らない。同記事はまた、自民党は改憲への「抵抗感を小さくすること」に気を配り、とにかくまず何か改憲するという「お試し改憲」を唱えたこともあると報じた。「改憲実現」のためには手段を選ばない党だ。

 私は〝心配しすぎ〟か。そうとは思わない。高市フルスピード路線に対抗して、国民の側からそれをはね返す抵抗の隊列をそれこそスピードを早めて構築することが求められている。
(寺)
2026/02/13
気を取り直してスタートを
殷鑑遠からず ― 歴史から教訓を引き出そう
 中国外務省の林剣報道官(副報道局長)は9日の記者会見で、「選挙は日本の内政問題だ」とした上で、「今回の選挙は根深い構造的な問題や思潮、動向、傾向を映し出している」と指摘。「殷鑑遠からず」との格言を引き、「日本の各界の有識者と国際社会は深く考える必要がある」と述べた。
 「殷鑑遠からず」とは、「周」の時代の「詩経」にある言葉だ。暴虐な政治で滅びた「夏」王朝(夏后)を継いだ「殷」王朝も、すぐ前の王朝の失敗を参考にしないで、同じように暴政で滅びたのだという。後世の「周」時代、詩人は、「教訓はすぐ前にあったのに…」と「歴史」に学ぶことを求めたという。
 林報道官は「かつて日本軍国主義は、日本を侵略戦争という誤った道へと導き、アジアと世界に大きな罪を犯し、日本国民にも甚大な惨禍をもたらした。歴史の教訓は極めて深いものであり、歴史を鑑として初めて未来へ向かうことができる」と、この言葉を引き、
 「日本は、平和発展路線を堅持し、実際の行動によって周辺諸国と国際社会の信頼を得るのか、それとも歴史の潮流に逆行して戦後国際秩序に挑戦するのか。日本の為政者と各界の有識者はこの点について深く考えるべきだ」と話している。

▼過去の戦争―歴史を振り替えろう

 この「忠告」。「台湾有事」発言のあと習近平と会って、「習近平を怒らせるな」と電話してきたり、「大胆かつ賢明な決断が大きな成功を収めた」と解散総選挙を讃え、「『力による平和』という政策課題を実現していくうえで、大きな成功を収めることを願っている」と「タカ派路線」を激励したトランプ米大統領とは違って、内政には干渉しないという一線を守りながら、日本国民に対して控えめに、かつ誠実に発言した論評だ。
 「台湾有事発言」があるだけに、「それを繰り返すな、といっている」とも読める言葉だが、もっと大きく、日本の将来を見据えて述べた言葉だと受け取れる。日本が「平和発展路線を堅持し、実際の行動によって周辺諸国と国際社会の信頼を得るのか、それとも歴史の潮流に逆行して戦後国際秩序に挑戦するのか」が問われている、というのは、正確な指摘である。「生まれていない時代の戦争に責任はない」という高市首相には、なぜ戦争になったのか、なぜ戦争を止められなかったのか、それこそ、ちょうど100年前に遡る「歴史」を学び直してほしいと切実に思う。
 なぜ、満州に日本軍が居たのか? なぜ謀略を使ってまで「満州事変」を起こし、それを止められなかったのか?
 なぜ新たに戦線を広げ、米英戦に踏み切ったのか? 受験シーズンだが、日本史でも世界史でも、それを学び、政治家はもとより、いまの私たちのようにな一般庶民も改めて問わなければいけないことなのだと思う。

▼いま、本質的な問題は何か

 今回の選挙についても、既にさまざまに語られている。「立憲民主党が自民党にすり寄って、安保容認、改憲容認、原発容認になって有権者を裏切った」「共産党も有権者を放り出して候補者がいないところでは自由投票にさせた」「比例併用の小選挙区制に問題があるのに一つも是正できていない」「SNS選挙と言われる状況に対応できていなかった」…。いずれも「手」の問題が語られ、「本質」が語られていない、と感じるのは私だけなのだろうか?
 違うと思う。問題の「核心」は、本欄にある「マスコミ九条の会・有志」のアピールがが指摘している通り、いつのまにか、「憲法9条厳守」「安保反対」「核兵器反対」「戦争反対」と言った本質的な問題について、世論も私たち自身も曖昧にさせられ、それで仕方がない、と思ってきたところにあるのではないだろうか。
 「私たちの『どんな場合でも戦争はしない』『核兵器廃絶、非核三原則堅持』『軍拡・攻撃的兵器配備反対、武器輸出反対』などの諸原則は、いまなお、そして将来にわたる、日本国民の主張であり、原則的立場である。私たちはこの主張をあらゆる場で、世界に向かって、主張し続ける」―。

▼求められる「覚悟」

 選挙を終わって、「仕方がないな」と思い、無力感に苛まれる。「生きているうちに、核もない、戦争もない、飢えることもない、生きるものすべてがその喜びを感じて行かれるような世界への設計、そんな原則が生まれるのは、もう無理なのかもしれない」…。
 しかし、違う。いや、仮にそうであっても、発言し、主張し続ける。そんな「覚悟」が求められているのではないか。例えば、九条に自衛隊が書き込まれ、二項が削除されても、その決定には異議を唱え続けよう。どこかの国が「核」を使っても、「使わない誇り」を持とう。「台湾有事」には、どうあっても参加しないことを決意しよう。日本人に求められているのは、そんな風に「平和」に殉じる、そういう一人ひとりの生き方なのだ。
 「選挙結果に切なさはありましたが、絶望はしませんでした。今度も決して戦争への道は開かせない」―と書くのは、小泉首相が327議席をとったとき、「抵抗勢力」呼ばわりされた「労組指導者」のひとり、当時新聞労連委員長のMさんだ。
 そして、40年前の1986年2月、100万人の市民がマニラの大通りを埋め、民衆の力で生まれたアキノ大統領は、その4日後起きたチェルノブイリ原発事故をみて、自国に前年できた原発を一度も使わないまま廃炉にした歴史を語るのは、いま、世界の「九条の碑」を語って、引っ張り凧のジャーナリストIさんだ。
 「市民が生んだ政権だからこその選択です」「市民運動こそが日本を変える」―。「今や韓国の軍事政権の時代に似たようなことを高市政権はやろうとしています。今こそ、私たちは日本に歴史を作ろうではありませんか。選挙結果にめげているときではない。これをきっかけに、より良い未来、私たちの子や孫に誇れる日本を、私たちの手で創り出そうではありませんか」

▼改めて「不戦・護憲・非核」、憲法の精神を

 独裁的手法で電撃的に行われた総選挙は、その意図通り、自民党、参政党など、右派勢力の大勝利に終わり、「新しい秩序」がつくられかねない状況が進んでいる。しかし、それでいいのか?
 多くの日本人が感じている「政治への絶望」から脱却し、新しい希望をつくり出す力は何か?
 それは、右とか左とか、中道とか革新とか、曖昧な言葉でごまかすことはできない、戦後日本の基本的精神、民主主義と平和と人権、といった、今の時代も変わらない「日本国憲法の思想」ではないかと思う。
 よく言われることだが、戦前と今の違いは、独裁とファシズム、社会の統制に進む権力に刃向かうことができなかった戦前と違って、「言論・表現の自由」を自分たちのものにし、行き過ぎた社会の統制を打破することができるようになっていることである。新聞も放送も自分たちのものとして、権力に支配させず、市民の声を広げられることである。「隣組」に代わって「市民連合」が生まれ、「産業報国会」に代わって、労働組合や、職域の「九条の会」も生まれていることである。
 いま、覚悟を持って立ち上がるときではないだろうか? 「中道」という言葉でも「左派」という言葉でもいい、しかし、「不戦」や「護憲」や「非核」は譲れない。すぐ隣にいる身近な人や組織から、「不戦・護憲・非核」を共通項として、連携し、声を上げよう。
(S.M.)
2026/01/29
「マスコミ九条の会」有志のアピール
憲法を護れ! 非核三原則を守れ! 安保法制・軍拡反対!
       メディアは反戦を貫く言論を!
 高市早苗首相は1月23日、ついに衆議院解散に踏み切った。物価高にあえぎ、寒波の中で震える庶民など全くかえり見ず、独りよがり、米国言うなりの政治を進めるための解散・総選挙である。奇怪なことに、それに併せて、立憲民主党と公明党の「野合」的新党、「中道改革連合」が結成され、大政翼賛的世論結集が狙われている。
 今回の解散・総選挙は、「再び戦争の惨禍が起こることがないように」と決められた日本国憲法を踏みにじり、米国の意向にも反して、「台湾有事」による戦争を想定し、「核持ち込み」を画策する高市首相が、多くの自民党員の意思さえ無視し、「言いなりになる衆議院」を作ろうと考えた。さらに首相の周辺では、新たに、「政治とカネ」の疑惑、統一教会との癒着問題が浮上、予算委員会での追及に逃れる手立てがない、など行き詰まりは際限がない。
 そんな中で独断で議員のクビを切り、日本国民を巻き込んで行う解散・総選挙は、憲法違反であるばかりでなく、民主主義を破壊する暴挙である。私たちはこの行動に強く抗議し糾弾する。
 一方で、公明党と立憲民主党は、こうした政権の動きに呼応して、「右でも左でもない」とする「中道改革連合」なる新党を結成した。しかし、「新党」が主張する「責任ある憲法改正論議の進化」「現実的な外交・防衛政策」「原発推進」は、これまで、「反自民」、「反戦平和」の立場で、立憲民主党の政策を大きく転換、自民党の補完勢力の立場を志向するものである。これは、戦後80年間培われてきた、平和憲法と歴史に対する裏切りであり、国民に対する「裏切り」でもある。私たちはこの「新党」結成に抗議し、支持できないことをはっきりと表明する。
 これまで、私たちのような全国の「九条の会」も「国民連合・市民連合」も、「護憲」「非核三原則」「違憲の安保法制反対」「原発反対」を譲ったことはなかった。しかし、『新党』が掲げる「自衛戦争なら仕方がない」「核廃絶ではなく核抑止論で」「原発の安全運転を」といった主張は、これまでの自民党政権の姿勢と変わりなくなってしまった。
 私たちの「どんな場合でも戦争はしない」「核兵器廃絶、非核三原則堅持」「軍拡・攻撃的兵器配備反対、武器輸出反対」などの諸原則は、いまなお、そして将来にわたる、日本国民の主張であり、原則的立場である。私たちはこの主張をあらゆる場で、世界に向かって、主張し続ける。
 私たちは、メディアが真に国民のためのものであるならば、真実の報道と民主主義、人権擁護の立場から、この世論を広げていくよう求める。

2026年1月25日  「マスコミ九条の会」有志

今井 康之 (元岩波書店役員)
河野 慎二 (日本ジャーナリスト会議運営委員、元日本テレビ)
小林 義明 (映画監督)
杉山 隆保 (元毎日新聞労組本部書記長)
仲築間卓蔵 (マスコミ九条の会代表 元日本テレビ)
畑  泰彦 (デザイン・ディレクター、元電通)
丸山 重威 (日本ジャーナリスト会議運営委員、元共同通信)
廣瀬  功 (JCJ「ジャーナリスト」編集長、元朝日新聞)
梁取 洋夫 (ジャーナリスト、元しんぶん赤旗)
山中 賢司 (日本ジャーナリスト会議運営委員、元読売広告社)

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