|
| / |
2026/01/03
「LOVE♥憲法」
今年初の「3の日」行動
国会前に230人
「軍拡反対!」「LOVE♥憲法」――。東京の国会正門前で1月3日、今年初の「3の日」行動があり、作家の渡辺一枝さんや芸人の松元ヒロさんら約230人が参加した。社会、政治に対する訴えや思いを記したプラカードなどを掲げ、平和と命が守られる世の中を希求した=写真。
![]() |
| 「3の日行動」で発言する神田香織さん |
「3の日」行動は、「九条の会」の呼びかけ人で作家の澤地久枝さん(95)が、2015年秋、安倍政権下で成立した安全保障関連法などに抗議し、毎月3日に国会前で意思表明をしようと行動を起こしたのが始まり。この日、澤地さんは不在だったが、取り組みは国内各地に広がっている。
(M・M)
2025/11/02
軍事強化の新たな「種」をまく新政権
高市首相とトランプ大統領による日米首脳会談を報じる各紙自民党と維新の会の「連携」で10月に発足した新政権は、早くも軍事強化の新たな「種」をまいている。高市早苗首相は、来日した米国のトランプ大統領との会談(28日)で、「防衛費のGDP2%引き上げ」を前倒しで行うと伝達した。
防衛費の倍増は、岸田内閣時代の2022年12月、「安保3文書」が閣議決定された際に「27年までに、防衛費をGDP2%に増額する」ことが表明された。高市首相はそれを25年度中に達成するというのだ。
首相といえども、国家予算である重要な問題を、国会に諮ることなく勝手に決める権限はない。「初の女性首相」ともてはやされ、就任早々、米原子力空母ジョージ・ワシントン艦内でトランプ大統領の横で拳を上げて満面の笑み。日本国憲法が掲げる「主権在民」の理念はふっとんでしまったかのようだ。
韓国・慶州であったアジア太平洋経済協力会議(APEC)。11月1日の最終日の会見で高市首相は、米中韓の首脳会談など一連の外交について、「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」を取り戻すために「着実なスタートを切った」と語った。
本当にそうなのか。当初、危ぶまれていた中国の習近平国家主席との会談は実現したものの、表面的な「関係の構築」にとどまり、日本産食品の輸入再開や拘束されている日本人の問題など山積する課題の解決策は道筋さえ示されなかった。高市首相の背後に見え隠れする「軍事化」を中国側はどうとらえているだろうか。
安倍晋三元首相が、集団的自衛権行使容認を閣議決定したのは14年7月。以後の自民党政権は、軍事国家への方向をひた走る。
そして、言論や報道の自由、市民生活を抑圧する可能性があるスパイ防止法の制定は、自民党だけではなく、維新や国民なども推進する方針だ。
戦後80年。新聞社や放送局など組織にいる記者たちもフリーのジャーナリストも、一人の市民。「平和は市民がつくる」ことは言うまでもない。
(M・M)
2025/08/26
戦後80年に思う
「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」で献花をする西倉勝さん
=東京都千代田区で
今夏で戦後80年を迎えた。=東京都千代田区で
敗戦の日からこの10日間ほどは、重要な出来事が相次いだ。
まずは15日、石破首相は戦後80年にちなんだ「首相談話」の発表を見送った。
戦後50年(村山富市首相)、60年(小泉純一郎首相)、70年(安倍晋三首相)と続いてきたものが、途切れてしまった。1995年の村山富市首相談話は、過去の行為を「植民地支配と侵略」と明記してアジアの人々に対する反省とおわびの気持ちを表明し、日本の戦争責任を明確にした。20年後の安倍晋三首相談話は、日本の加害責任について具体的な言及はなく、「反省」の言葉は消えた。それでも、日本が「中国、東南アジア、太平洋の島々など」に「計り知れない損害と苦痛」を与えたことを、「侵略」や「植民地支配」に日本が関わったことを認めた。
それぞれの談話には、賛否両論がある。だが、首相談話は、国内外に対して日本が平和国家としてどうありたいのかを示す、象徴的なものだった。閣議決定がなされる首相談話がなかったことは「後退」とみていいのではないか。
次に横浜市で開催されたアフリカ開発会議(TICAD、20~22日)。米国はトランプ政権下、7月に対外援助事業を担った米国際開発局(USAID)を解体すると発表し、アフリカ各国や支援する国際機関、NGO(非政府組織)は衝撃を受けたまま、TICADに突入した。トランプ大統領が強調する「自国第一主義」の風潮が他国の人々に広がったらどうなるか。日本では「日本人ファースト」を唱える政党が7月の参院選で議席数を伸ばしたことを忘れてはならない。
そして、23日の日韓首脳会談。韓国の李在明(イ・ジェミン)大統領が就任後、初めて来日し、首相官邸で開かれた。「未来志向で行こう」と両国は合意したが、李大統領が歴史問題に触れなかったのは、後に控える訪米(24~26日)を念頭に、日本との関係を安定させようという狙いがあった、との見方がある。けれども、互いに過去の歴史に向き合わなければ、「日韓の溝」を埋めることはできない。とりわけ、加害側である日本は、このことを肝に銘じるべきだろう。
この間、戦争の犠牲者を追悼し、平和を誓う行事が各地で開かれた。毎年8月23日は、東京の千鳥ケ淵戦没者墓苑で「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」が営まれるが、今夏は、抑留経験者や遺族、支援者ら約200人が参列した。
主催者代表であいさつした100歳の西倉勝さんは「6万人を超える犠牲者全体の追悼は、本来は国が主体となって行うべきだ」と訴えた。また、23~26日は、シベリア抑留犠牲者の約4万6300人分の名簿を、有志が追悼の意を込め、オンライン上で読み上げた。名簿は、抑留経験者だった村山常雄さん(26~2014年)が、96年から10年をかけて作成したものだ。厚生労働省が公表したカタカナ名の不完全な名簿が基で、遺族から集めた情報などを照合して氏名の漢字をできる限り割り出していった。
西倉さんはこの読み上げにも参加し、「80年前を思い出す。いまの若い世代に私たちの味わった経験をさせてはいけない。戦争は二度と起こしてはいけない」と言葉に力を込めた。
世界では、いまなお戦争が続いている。どうすれば「戦争のない世紀」が実現するのか。平和憲法を持つ日本の役割は何か。この国に住むひとりひとりができることは何かを考えたい。
(M・M)



